41.再会


 どこからか俺の魔法や肥料バッタについての話を聞いたらしく、それを知りたいと言われた。


 彼はテットの知り合いらしく、俺に紹介しようとしていた商人だった。

 フラベリックは話している限りでも悪意と言った物は感じず、本当にお金儲けのために聞きに来ているようだ。


 まずは洗濯を披露し、


「……これは革命ですな」


 という声を漏らした。

 次にベッドを味わってもらうと、数秒で意識を失っていた。


 相当疲労が溜まっているらしく、フラベリックの顔がとろんとしている。

 扱いに困った俺は、しばらくこのまま寝かせておこう、と提案して数時間ほど経過した。


 ようやく起きたフラベリックが風呂に入り、ドタドタと足音を立ててイスフィール家の庭で、野菜の手入れを手伝っていた俺に問い詰めてくる。


 テカテカと輝いている肌がちょっとだけ面白い。


「アルトさん!! これ全部儲かりますよ!」

「あ、あの……」

「一緒に億万長者を目指しませんか⁉」


 そう詰め寄られて、一歩下がる。


「お金儲けは考えてないんです。お金には困ってませんし」

「そんなぁ! これだけ素晴らしい能力と才能をお持ちでしたら、絶対にドラッド王国一……いえ、この世界で一番のお金持ちになることも夢ではありませんぞ⁉」

「いえいえ! 大金なんか持ってても、使い道がありませんから」


 細々と、こうしてのんびりと野菜を育てているだけで俺は十分だ。

 イスフィール家のみんなと過ごしている時間が本当に幸せなんだ。


 そんな生活を崩しそうな真似はできることならしたくはない。


「……勿体ない」


 しょんぼりと落ち込むフラベリックに、手伝ってくれていたウルクが言う。


「フラベリック。アルトはそういう奴なんだ」

「ウルクお嬢様まで……イスフィール家の方々は本当に野心のないお方ばかりですな」


 呆れた様子のフラベリックに、ふと気になったことを問いかけてみた。

 外見はちょび悪っぽく見えるけど、話してみると良い人に思えた。


「ところで、フラベリックさんはどうして商売を?」

「……母が昔、病に倒れましてな。その時、とある商人から薬を違法な価格で提示されたのです。当時の私はお金がなく、そんな薬を買う金もなかったものですから、母はそのまま亡くなりました」


 俺の手が止まる。

 

(軽く聞くべきじゃなかったかも……申し訳ないことしちゃったな)


「でも、母は恨み言一つ言わなかったのです! 死ぬ間際、人のためになりなさいと言われ、私は決めたのです。商人になって、お金をたくさん稼いで……あの商人のような人間を増やしてはならないと」

「……凄いですね」

「いえいえ、私なんてまだまだ……アルトさんの能力こそ、もっと評価されるべきです!」


 フラベリックはそれだけ言うと、俺の顔を見つめた。


「やはり、商売はダメなのですか?」

「すみません……孤児院の方で商売を始める予定もあるので」


 酷く落胆した様子で、納得したフラベリックはその場を後にする。

 その背を眺めながら、俺はフラベリックさんに申し訳ないことをしたな、と思った。



 イスフィール家からの帰り道。


「……諦められませんな、やっぱり、あれは絶対に私の手元に置きたい!」


(目の前にある一攫千金を逃すことは、飢えた猛獣に肉を我慢しろと言っているような物だ)


 一度味わった快楽に、逆らう事のできなかったフラベリックは、集めていたアルトの情報を見直す。

 そして、とある人物に目星をつけた。


 *


 王都内にある掃き溜め。

 浮浪者が集まる場所に、フラベリックは足を運んでいた。


 ボロ屋の前で、ノックをする。


「……誰よ」

「失礼します。あなたがアルトさんの元主人、ウェンティさんですな?」

「……ふんっ」


 薄汚れた布を着込み、元貴族の風貌すら感じられないウェンティが居た。


 父親は投獄されたものの、娘であるウェンティは直接罪に関わっていないことから無罪となっていた。

 しかし、ルーベド家は没落し、行く当てもないウェンティは一人で苦しい生活を強いられていた。


カビの生えたパンを喰らい、濁った水を飲む毎日。


「急な来訪で申し訳ございません。私、商人のフラベリックと申します」

「あっそ……なんの用? 暇じゃないんだけど」


 歓迎はしていないものの、フラベリックを向かい側の席に座らせる。

 すると、フラベリックは大金の入った麻袋をテーブルに置く。


「単調直入に申し上げます。アルトさんの秘密を教えて頂きたい」


 フラベリックは取引相手と交渉をする際、必ず徹底的に調べるクセがあった。

 そのため、情報屋を使ってアルトを調べたものの、ルーベド家に居る以前のことは何も分からなかった。


 そこで一緒に育ったウェンティであれば、何か知っているだろうと踏んだのだ。


「……ふーん、私にアルトの情報をね」


 金の入った麻袋に手を伸ばす。

 少なくとも、今のウェンティであれば数年は食べることに困らなくなる大金だ。


「良いわよ? 教えてあげる。でも、これは前金……もう少し悩んで、話す気になったら教えてあげる」

「……はい? どういうつもりですか?」

「生憎、お金には困っててね。アルトの情報が欲しいのでしょ? お金が足りないんじゃないの?」

「……そうですか。いくらお望みで?」

「さぁね。あなたが考えたら?」


 フラベリックは眉をひそめた。

 交渉する相手を間違えたかもしれない、そう悟ったのだ。


「教えてはもらえるのですね?」

「えぇ、とびっきりの。アルトが絶対に嫌がることを知っているわ。秘密を握りたいんでしょ? ねぇ?」


 アルトの秘密を握って脅す。それに近いことをしようとしているのは分かっていた。

 それほど、アルトのやっていることは魅力的でお金になる。


(……お金でアルトさんの秘密が買えるのなら安いもの、ですかね)


「良いでしょう! では次に来るときはもっと大金を持って参りましょう」

「えぇ、頼むわ」

 

 フラベリックはそのままボロ屋を後にする。



 

 ボロ屋に残ったウェンティは、タンスを開く。

 そこには、アルトが作ったウェンティ専用のドレスがあった。


「……アルト」


 家を出たウェンティは、大金を握りしめたまま足を進める。向かっている先は情報屋、王都のことであれば何でも知っている場所であった。


 店内の受付に、一名の男がいた。

 人当たりの良さそうな柔軟な笑みを浮かべている。その男の前に、大金の麻袋をまるまる勢いよく叩きつける。


「商人のフラベリックについて、全て教えなさい」


 ウェンティは袋から金貨を一枚も抜くことなく、鋭い視線で情報屋と対峙した。

 

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