40.アルトの魔道具
あれから数日後、俺はイスフィール家の食卓に着いて、朝食を取っていた。
王宮から書状が届き、その書類に印をしたことでめでたく男爵貴族となった。
さらに、未開拓の鉱山を貰うこととなり、暗黒バッタを進化させる素材に困らなくなった。
その貰った鉱山では昔、大量の魔物が根城にしていたらしく、人が寄り付くことが一切できなかったのだとか。今では魔物が居らず、誰にも触れられていない鉱山となっていた。
超高濃度魔鉱石なども多くあるだろうから、後で行ってみたい。
「アルト。いや、今はアルト男爵か?」
「ウルク、やめてくれ……俺はそんな柄じゃないよ」
「フフッ。アルトの頑張りがちゃんと評価されたことが、私は嬉しいんだ」
こうして、ウルクが満足げに話しかけてくるようになっていた。
(俺が貴族になっても、何も変わってないんだけどなぁ……)
するとミランダが、
「あら、そうよ。アルトくんが貴族になったんだから、別にウルクと結婚しても問題はないんじゃない?」
「ほっほっほ! そうじゃな! それもありかもしれぬな」
便乗したレーモンが高らかに笑う。
俺とウルクが同時に顔を赤くした。
「お、お母様っ!! 何を言うんだ!」
フレイが持っていたスプーンを落として、頬を引き攣らせる。
「あ、アルトくん……? まさか、それを狙って……お兄ちゃんは許さないぞっ⁉ ウルクは俺の妹だ! 誰とも結婚させない……するなら俺とだぞ!」
「フレイ兄上も変なこと言うな!」
「あ、アハハ……」と苦笑いを浮かべた。
冗談を言い合えるくらいに、仲が良くなったことが少しだけ嬉しかった。
「アルトよ、爵位も貰ったことだ。そろそろフィレンツェ街の別荘に戻るかの?」
あっそういえば、俺が王都に来るから付いてきてくれたんだ。
すっかり忘れていた。
「一つだけ、終わってないことがあるんです」
「ほう、それは例の魔道具か? ここ数日、アルトはずっと本ばかり読んでいたからのぉ」
「はい。一応、もう作ってきました」
そう言うと、レーモンが首を傾げ、眉間のしわを抑える。
「魔道具ってそんな簡単に作れる物じゃないのじゃが、あれ? 儂がおかしいのか?」
「時間は掛かりましたよ。どうにも、イメージがうまく行かなくて……試作ですけど」
レーモンに試作の魔道具を渡す。
俺の作った魔道具はコインのような物で、雷の印を入れてある。
「これに魔力を通して、思った言葉を心で言ってみてください」
「ほ、ほう……? (あーあー、聞こえておるかの?)」
「(はい! 聞こえていますよ)」
「なんじゃ⁉ 声が聞こえたぞ⁉」
ニコッと笑う。
レーモンさんに渡した物と同じ物が、俺の手にもある。それを見せた。
「これには【付与魔法】念話を付与してあります。お互いに持っている魔道具を使って、会話したい相手を想像して離れていても話すことができるんです」
削った超高濃度魔鉱石を使って、小さい魔道具を作ったのだ。
念話の魔法はレア王女殿下から前に頂いた貴重な魔法書を読んで知った。
魔法の原理を理解した俺は、そのまま魔道具に落とし込んだ、という形だ。
その過程に至る発想があまりうまく行かず、二つのコインを線で繋ぐことをイメージして作った。
ミランダが乾いた笑い声を出す。
「……ねぇ、私もしかして、とんでもない子に魔道具を作らせちゃったのかしら?」
「まずいの……これは」
「アハハッ! アルトくんらしいね! やっぱり凄い!」
空気が重くなる感じがした。
あっそうか!
「すみません!! そうですよね、貴重な超高濃度魔鉱石をこんな失敗作に使ったのはダメでしたよね……」
「し、失敗作……? アルト、これのどこが失敗作なんだ……? 普通に凄いぞ?」
ウルクに聞かれ、答えた。
「実は……この魔道具が使える範囲は非常に狭いんだ。この魔道具を使って取れる連絡の距離はこの屋敷全体くらい……それだと、もっと離れた距離の相手とは連絡が取れないだろ? そこが改善点なんだけど……どうすればいいか思いつかなくて」
本来、念話は術者本人しか使えず、一方的な物だ。
それを魔道具にしようとした発想はよかったけど……問題が多かった。
「その欠点が唯一の救いかの……アルト、これは世界の根幹を揺るがすかもしれぬものじゃぞ」
「そ、そんなにですか……?」
「そうじゃ。遠い距離からでもすぐに連絡が取れる。そんなの、生活だけじゃない。戦争にだって大きく影響を与えるのじゃ」
そう言われて、背筋が伸びた。
(戦争……そっか、そういう考え方ができなかった)
間接的に人を傷つける道具になるかもしれないんだ。そんなのは嫌だ。
何か事件が起きた時、すぐに対応ができるようにって思ったけど……。
「……そうですね、これは封印した方が良いかもしれませんね」
「いやいやいや!! 違うのじゃ、その範囲に留めておいて、これ以上は量産しなければ大丈夫じゃろ」
「そ、そういうことだったんですね」
納得した俺はとりあえず、試作品をみんなに渡しておく。
「へぇ、こんなコインがねぇ。アルトくん、魔道具の名前はなんて言うんだい?」
「えっと、念話コインにしようかなって、どうかな?」
「アハハ! 良いね! よし、早速試してみるよ」
そう言ってフレイがコインを握り、魔力を通した。
隣でコインを観察していたウルクが小さな悲鳴を漏らす。
「ひっ!! フレイ兄上!! 気持ちの悪い声で名前を呼ぶな!!」
「き、気持ち悪い声だって⁉ 名前を呼んだだけじゃないか! 想いの籠った良い声だろ⁉ これから毎日、ちゃんとこの念話でウルクの名前を────」
そこまで言うと、ウルクによってフレイが床に倒される。
念話コインは没収され、半泣きになっていた。
「まったくもう。アルト、フレイ兄上には絶対に渡さないでくれ」
「あ、あぁ……分かった」
こ、怖い……。
今度はレーモンが念話を使う。
相手はテットに対してだ。
「ほっほっほ……! ほれ!」
「……っ! なんでしょうかレーモン様。お呼びになりましたか?」
「ほっほっほ! これ面白いのぉ! なに、名前を呼んだだけじゃ」
「……レーモン様。はい、没収です」
「待て! 冗談じゃからやめろ! 頼む! 儂の玩具を奪わんでくれ~!」
やはり家族だな、と思う。
今度はミランダが使用して、俺に話しかけてきた。
「(アルトくん。あなたが来てから、家族がこうして楽しく過ごすことができているわ……本当にありがとう)」
そう言われて、思わず口で「はい!」と答えてしまった。
「どうしたんだ? アルト」
「あ、いや……なんでもない」
「恥ずかしがらなくても良いのよ〜? ね? アルトくん」
「……お母様と何を話していたんだ?」
「ミランダさん! 誤解を招くような言い方はやめてくださいよ!」
「さぁ、どうでしょうねぇ?」
「怪しい……」
すると突然、ノック音が響いた。
顎髭がピーンと伸びた、中年の男性が入ってくる。
「失礼致します。イスフィール家の皆様、そしてこのたび男爵になられたアルト様とお見受け致します」
随分と小奇麗な服装で、商人に思える。
「私、王都内で【悠遠の店】を経営しておりますフラベリック、と申します」
「ほう? 王都で二番目に有名な商人がなんの用じゃ」
「このたび、アルト様のご活躍をお聞きしまして、ぜひ商売の方をと思いまして……宜しいですかな?」
俺と目が合うと、その瞳の奥にじんわりとした野心が窺えた。
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