42.仲直り


 しばらくして、フラベリックはイスフィール家の執務室に呼び出された。

 そこには俺とレーモン、テットが居る。


 レーモンが威厳のある口調で言う。


「フラベリックよ、これはどういうことじゃ?」


 そこには、匿名で送られてきた手紙があった。

 内容はフラベリックがアルトの秘密を握ろうとしていたこと、フラベリックの出生や秘密などが書いてあった。

 

「お、お待ちください! ここに書いてあることは全て嘘に決まっております! 私がアルトさんを脅すような真似をするわけが……」

「裏は取ってる。じゃの? テット」

「はい。この手紙が届いた早朝に調べてきました。すべて、事実にございます」

「そ、そんな……っ!! わ、私はただ!」

「フラベリック、もう喋るでない……儂をこれ以上、不快にさせるな」


 鋭い視線に、フラベリックの肩が跳ねた。

 最も怒らせてはいけない相手に手を出した。


 そのことをようやく理解したのだ。


「フラベリックさん……お母さんの件も、嘘だったんですか?」


 商人になった頃も書かれており、母親が死んだとの記載は一言もなかった。


「……はい、実は嘘です。アルトさんが心優しい方だと聞いていたもので、そのような背景を持っていれば、きっと同情してもらえるだろうと……」


 欲に目がくらみ、人を騙して脅そうとした。

 とてもじゃないが、許される行為ではない。


 特に、アルトのことを大事に思っているレーモンは、怒り心頭と言った様子で、拳を握りしめていた。


「フラベリック……貴様と言う人間は」

「も、申し訳ございませんでした!! どうかお許しください!!」


 その場で土下座し、頭を床に擦りつけていた。


「はん……信じられぬな。その場の取り繕いで謝られても、許そうとは思えん」

「まぁまぁ、俺はあんまり怒ってませんから」

「アルトは優しすぎるんじゃ! こんなの、今すぐ首でも斬り落としてやりたいわ」

「ひぃぃぃっ!!」


 顔が青ざめるフラベリック。

 俺は彼に対する怒りよりも、別の喜びで心が嬉しかった。


(この手紙……っ。ああ、そっか。やっぱりそうなんだ)


 納得した俺は、フラベリックの前に行く。


「フラベリックさん、お母さんは元気なんですか?」

「は、はい……生きております」

「……良かった。あの過去が本当だったら、悲しすぎますもんね」


 フラベリックは目尻に涙を溜め、号泣し始めてしまう。


「なんで……なんでそんなに優しいんですか……っ」

「俺も、色んな人に優しくしてもらってきたから、ですかね」


 微笑んであげると、抱き着いて来る。

 レーモンがそれを引き剥がし、怒りを見せていた。


「アルトが優しいから許す流れになっておるが! 儂は許さんぞ!!」

「い、命だけは……っ! そ、そうです! 私の経営する【悠遠の店】の権利を三割差し上げます! それでどうか……今回のことはお許しください!」

「……五割じゃ」

「え……ご、五割ですか⁉」

「なんじゃ? じゃあ九割か?」

「ご、五割でお願い致します……うう……」


 レーモンが少しだけゲスい顔を浮かべた。

 たったこれだけのこと、されど、イスフィール家は侯爵家である。さらにレーモンは元宰相でもある。下手をすれば、王都で商売どころか、この国で商売することすら怪しくなるのだ。


「フラベリックさん。俺、実は孤児院でお店を開く予定なんです」

「孤児院で……あ、あぁ……前にお話ししていた」

「良かったら、一度見に来てください」

「えっ……は、はぁ……」


 俺は人が変われるということを知った。

 些細なきっかけさえあれば、フラベリックさんも変わるはずだ。

 

 そんなことで何が変わるのだろうか、と思われるかもしれないけど……。


 それでも、俺は期待するんだ。


 手紙を手に取る。

 俺は間違いなく知っている。


 数年、十数年と仕えて来た彼女のことを、俺は誰よりも知っている。


「……この手紙、ウェンティお嬢様の字だ」

 

 匿名であろうとも、俺には分かる。



 *



 フラベリックから話を聞き、ウェンティと会ったことを聞いた。

 居場所を知った俺は、迷わず会いに行った。


「……ウェンティお嬢様、元気でしたか?」


 よく見ると、やせ細った体に不健康な顔色。お世辞にも、元気とは言えない。

 住んでいる家もボロく、衛生面も劣悪だ。


「なんでここが分かったのよ」

「フラベリックさんから聞きました。あの匿名の手紙、ウェンティお嬢様が送って来てくれたんですよね?」

「……違うけど」

「でも、あれはウェンティお嬢様の字ですよ」

「違うって言ってるでしょ!!」


 癇癪を起したように、怒鳴り声をあげた。

 前の俺なら、怖くて何も言えなくなっていたかもしれない。


 でも、今の怒り方は癇癪とは違う。


「アルトのせいで私の人生は滅茶苦茶! ルーベド家は没落したし、パパはまだ牢屋の中よ!! あんたのせいよ! あんたが全部悪いの!! だからさっさと目の前から消えてよ!!」


 ようやく叫び声を落ちつかせ、大きく肩で息をする。

 

「……怖がりなさいよ。いつもみたいに」

「もう、怖くありません」


 本心だ。

 怒ったウェンティの言葉を聞いても、俺には響かない。

 

「さっさと帰りなさい。アルトと話すことなんてないんだから……アルトのことを恨んでるし」

「本当ですか?」

「本当よ」

 

 そんなの、信じられなかった。

 俺はウェンティに踏み込んだ。


「謝っては、くれないんですか?」


 そう、俺はてっきりウェンティが改心している物だと思っていた。フラベリックが俺の足を引っ張ろうとしていることに気付き、助けようとしてくれた。

 改心したと言わずに、何と言うんだ。

 

 ちゃんと会って話して、ごめんと言われたら許すつもりでいた。

 なのに……ずっと、俺を帰そうとしている。


「私は謝らないわよ……謝ったら、アルトは私を許すでしょ?」


 俺は思わずはっとした。

 そっか……本当に、俺に謝りたいと思っているから……謝らないんだ。


 自分の行いが許されないと思っているから……。


「……そうですね。許すと思います」

「そういうこと。早く帰りなさい……アルトはもう、私には必要ないから」

「それはできません。俺は、ウェンティお嬢様を許しに来たんです」


 それが今日来た目的だ。

 苦しい生活を強いられているのに、誰かのために動いた。


 俺のせいで家が潰れたと言っているのに、守ってくれた。 


「俺は最初から、恨んでませんから」

「……っ!! なんで……私なんかを……」


 そんなの決まっている。

 

「ウェンティお嬢様が本当は優しい方だって、昔から知ってましたから」


 ウェンティは覚えていないかもしれない。

 子どもの頃、ウェンティは俺のことを『家族』と言ってくれた。


 血の繋がっていない俺を、一緒に育ったから家族だ、と。

 忘れもしない。


 家族なら、許し合うことなんて当たり前だ。


 泣きじゃくるように、ボロボロと涙が落ちる。


「ずっと辛くて、謝りたくて……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 些細なことで人は変われる。

 数分ほど、そのままウェンティは泣き続けた。


「ここでの生活は辛いと思います。俺のところで、丁度いい仕事があるんです。やりませんか?」

「……ええ、やるわ。あなたからのお願いを断る権利なんて、私にはないんだもん」


 そう言うことじゃないけど……とりあえず、こんな場所からウェンティを救わなければと思ってしまった。


 ウェンティは泣いていたことが恥ずかしく思ったようで、そっぽを向いて言う。


「もう、話は終わったでしょ。早く帰ってよ」

「そうですね……じゃあ、また来るよ、ウェンティ」


 名前を呼ぶと、俺の顔を呆然と眺め……また泣き始めた。

 一人で泣かせてあげるべきだと考えて、家を出る。


 すると、ドアの横にウルクが居た。

 

「ウルク……いたのか」

「アルトが屋敷から出ていくのが見えてな。どうにも、事情をおじい様から聞いたらウェンティに会いに行ったと言うのだ」

「心配させたかな?」

「少しな……話は終わったのか?」


 全部聞いていたらしく、微笑んだウルクの前を俺は歩き始めた。


「あぁ、終わったよ。これで王都でやることも全部終わったかな」

「……明るくなったな、アルト」


 そういえば、ウルクと出会った頃は自分のことを良く卑下していたっけ……。

 俺も変わったのか。

 

「ウルクのお陰だよ」

「そうか……アルトの力になれたのなら、嬉しいな」


 それは俺も同じだ。


「さて、帰ろうか! 俺たちが出会った街へ!」

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