43.孤児院の料理
あれから、フィレンツェ街に帰って来た俺は孤児院で、家屋の修繕を行っていた。
雨漏りが酷く、外装もボロボロのため、まずは綺麗にしようということからだった。
既に集まっていた【蒼穹の剣】の三人を見て、帰って来たんだなと安心する。
屋根で作業していたヒューイが、俺に気付いて声を掛けてくる。
「お~! アルトじゃねえか!」
「ヒューイさん! お久しぶりです」
「ヘへっ王都の方での活躍は聞いたぜ~! 相変わらずやるな!」
「ありがとうございます」
微笑んで、褒め言葉を受け取る。
最近、褒められると嬉しいことが多くなってきた。
凄いと言われても、謙遜して否定することが良いと思っていたけど……徐々に素直に受け取って行こう。
そっちの方が、相手にも失礼がないだろうし。
何より嬉しい。
俺の横を通りがかった【蒼穹の剣】の一人、ティアさんが言う。
「はぁ……アルトくんの活躍を聞いて、あの馬鹿、無茶して怪我したんですよ。俺も負けてられねー、とか言って」
「そ、そうなんですね……大怪我にならなくてよかったです」
「こらティア! 勝手なこと言ってんじゃねえ! 別に腰を軽く痛めたくらいでなんてこった────うお、うあああっ!」
「危ない、ヒューイ!!」
足元がおぼつかず、ヒューイが屋根から転げ落ちる。
(地面に落下したら大怪我じゃすまない……っ!!)
咄嗟に【疾駆】し、地面に落下する直前で掴む。
砂埃が舞う。
「……ふぅ、怪我はありませんか?」
「は、はい……」
お姫様抱っこする形で、ヒューイを助け出すことに成功した。
その光景を見ていた【蒼穹の剣】のティアとブラドがつぶやく。
「あ……はぁ……良かった。アルトくんが居なかったら……あれ、ねぇ、私あの光景前にも見た気がするんだけど」
「ヒューイは以前、ジャイアント・ベアに襲われた時にお姫様抱っこで助けられていたぞ」
「あ、アハハ……」と苦笑いを浮かべる。
三十代後半のヒューイをお姫様抱っこするのは、確かにキツイものがあるかもしれない。
「こんの馬鹿ヒューイ!! ちゃんとアルトくんにお礼言った⁉」
「ティアは俺の母ちゃんか⁉ クソ……ラクス先生に似てきやがって……」
くぅ、と悔し涙を見せながらも、ヒューイは俺へ感謝の言葉を述べた。
そこへラクスがやってくる。
ダークエルフの褐色肌に、黒髪を束ね、穏やかな雰囲気は健在だ。
「アルトさん……お帰りになられていたんですね」
「昨日帰ってきました。お変わりありませんでしたか?」
「えぇ、お陰様で。言われた通り、ポーションの貯蓄も作ってあります」
うん。なら、あとは孤児院での準備をもっと進めるだけなのだが……。
「今日は人を連れてきました」
俺の後ろに居た、フラベリックとウェンティを紹介する。
ここまで来る道中、空気が重いなんてものではなかった。
騙し騙された関係である以上、そうなるのは仕方のないことかもしれない。
「私は商人ですよ。なぜ一文の得にもならない孤児院などに……」
文句言うフラベリックに対して、ウェンティは静かなものだった。
「あら……綺麗なお嬢さんですね」
「ウェンティは実は俺の元主人なんです。今では仲直りしているので、心配しないでください」
俺の過去を知っているみんなは、その言葉にムッとする。
やや敵意を向けられながらも、ウェンティは受け入れるように俯く。
「おいおい、ちっと待てよアルト……簡単に許していいんか?」
「やめてよヒューイ! アルトくんが許したんだから、それ以上私たちが何言っても仕方ないって」
「そうだぞ。アルトの決めたことだ」
「で、でもよぉ……」
納得が行かない様子のヒューイに、
「そうよ。私がやったことは許されることじゃない。アルトを奴隷同然に扱ってきたんだもの……だから、私の残りの人生は罪滅ぼしにしたいの」
そこまで言われて、ヒューイは黙った。
ウェンティは変わった。
少なくとも、前みたいに突き放す必要はないんだ。
歩み寄って、少しずつ仲直りしたい。
「そういえばアルトさん、ウルクさんはどうしたんですか?」
「えっと……なんか、ウェンティとあんまり会いたくないみたいで……」
俺は受け入れたが、ウルクはそうは行かなかった。
やっぱり、俺の敵だった人間を簡単に許そうとは思えないらしい。
改心したとしても、それが本当かは分からないのだろう。
(俺は信じる方に決めたからなぁ……アハハ……甘すぎかな?)
ウルクとも仲良くなって欲しい、と思うのは我儘だろうか。
「ウェンティはここで住み込みで働かせてあげたいなと思ってまして、ダメですか?」
「アルトさんからのお願いなら、何でも受け入れますよ」
寄ったラクスが、ウェンティの手を取る。
「随分と汚れていますね。顔色も良くないですし……ちゃんとご飯は足りているんですか?」
「足りてるんじゃない? 知らないわよ」
「そんなんじゃいけません! 女の子なんですから、もっと自分を大切にしてください」
「何よ……別に私なんか放っておいてよ」
「捻くれても無駄です。まずは体調から治していきましょうか……何でも相談してくださいね、ウェンティさん」
母性溢れるラクスの優しい言葉に、ウェンティが僅かに泣きそうになっている。
ため息交じりにフラベリックが言う。
「あの、私は帰って良いでしょうか? 大して金にもならない孤児院なんて、居たくないのですが」
「あら……すみませんでした。てっきり力になってくれるのだとばかり」
「レーモン様に言われて仕方なく────美しい」
ラクスの姿を見て、フラベリックが茫然とする。
「なんと、なんと美しい……」
「あの……どうしましたか?」
「……ごほんっ! 失礼しました。私、商人のフラベリックと申します。困ったことがあったらなんでもおっしゃってください! 力なき者の力になる、それが我が商人の掲げる理念でございます!!」
ヒューイがつぶやく。
「胡散臭せえな……」
良かった、そう思ったのは俺だけじゃないらしい。
でも、心が変わったようで少しは安心……できないな。
すると、遊んでいた子どもたちが集まってくる。
フラベリックのツンと生えた髭を指さす。
「変な髭~!」
「変……変ですと⁉ これは親譲りの立派な髭……あっ引っ張らないで! 痛っ! ちょっ!」
「まぁ! こんなにも早く子どもたちに好かれるなんて、フラベリックさんは子ども好きなんですか?」
「えっ! いや私は……そ、そうです! 子どもが大好きなのです! 痛!」
子どもたちに遊ばれるフラベリックを他所に、ウェンティが俺の裾を引っ張った。
「ねぇ、アルト……」
「どうした? ウェンティ」
「私、アルトに言われた通りここで住み込みで働くけど、アルトはたまに来るの……?」
「あぁ、顔を出すよ」
「……そう、ふーん。ならよかった」
よかった……?
あぁ、そっか。たまに会えると嬉しいよね。
ウルクやレア王女殿下は納得がいかないみたいだけど……俺は仲直りできたことが凄く嬉しかった。
「久々に何か、俺が料理でも作ろうか? ちゃんと仲直りできた証に……ダメかな?」
ウェンティは目線を逸らしながら、スカートの裾を掴んでいた。
「た……食べても、いいけど」
素直じゃないのは変わらないみたいだ。
俺が微笑むと、ヒューイがつぶやく。
「おいおい、そんなこと言ってる奴にアルトの飯は食わせられねえなぁ。素直じゃないとアルトに嫌われちまうぜ?」
「う、うるさいわね! た……食べたい! 食べたいわよ!! アルトの手料理が食べたいの! これで良い⁉」
ウェンティは大きく肩を揺らす。
恥ずかしそうに、顔を赤くしていた。
最初から分かっていたが、せっかく食べたいと言ってくれたんだ。
その期待に答えたい。
「ラクスさん、材料を頂けませんか?」
「えーっと……その、すみません。実は今、クノー米しかなくて……」
「クノー米ですか?」
クノー米は炊くと粘りっけのある米のことだ。暗黒バッタのせいで、害虫に強く長期保存ができるクノー米がドラッド王国では主食となっていた。
だが、大きな欠点があった。
「クノー米はちょっと嫌かも……」
「えっ? どうしてですか?」
ティアが嫌悪感を見せ、ヒューイが説明してくれる。
「クノー米はおかずと一緒に食べないとクソ不味いんだよ……」
人々の間では、クノー米は食感が最悪で食べても美味しくないと言われていた。
生きるために食べる物。そう思われている米だ。
(あー……そっか。みんな知らないのか)
ウェンティの方を見ると、クノー米と聞いて少しだけ嬉しそうな顔をしていた。
「大丈夫ですよ。クノー米って、実はすごく美味しいお米なんです」
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