44.クノー米


 それから俺は準備した道具と、炊いたクノー米を用意してもらい、袖をまくる。

 ヒューイが顔を覗かせ、表情を歪めた。


「うげぇ……アルト、やっぱりネチョネチョしてて不味そうだぞ? 本当にこんなのが美味しくなるのか?」

「確かに見た目も触感も悪いのがクノー米の特徴ですけど、料理人の腕次第で材料は宝石にもなるんです」


 鉢にクノー米を入れて、濡らした丸棒で突く。


(これを作るのも懐かしいな……)


 昔、ウェンティが変わった物が食べたいと我儘を言った時、異食の調理法を勉強していた俺はこれを作った。

 それがいつの間にか、ウェンティの好物の一つになっていた。

 

「クノー米を潰しているのですか⁉」


 ラクスが声を漏らした。


「おぉ……なんか丸まってるぞ!」

「なんと! これは弾力が凄いですな!」


 周囲の人たちが興味津々に鉢を覗き込む。


「そ、そんな調理法があるんですか……?」


 クノー米を突きながら、俺は話す。


「えぇ、異国の本で知ったんですが、クノー米は他の国の穀物なんです。正しい調理法が庶民の間で広まらなかったため、こうして間違った食べ方で美味しくないと言われてますね」


 暗黒バッタも同時期にドラッド王国へ入ってきた。その時の交易で問題があったのだろう。

 正しくちゃんと伝わっていれば、クノー米もまずい、なんて言われなかった。


「そんなことは初めて聞きました……アルトさんはよくご存じですね」

「いえ、俺も偶然読んだことですから」


 黙々と作業をしていると、近くにいる子どもが指を咥えていた。

 クノー米を突いていることが楽しそうに見えたのだろうか。


「えーっと……一緒にやる?」

「良いの⁉ アルトお兄ちゃん!」

「もちろん! ほら、これを持って」


 どこだったか忘れてしまったが、豊作を祝い、クノー米を潰す祭りがあるらしい。

 親子揃って仲睦まじく、楽しいお祭りだと聞いた。


「なんか楽しそうだな……っ! お、俺もやってみて良いか⁉」

「わ、私も!」

 

 ヒューイとティアが手を挙げて言う。

 

「順番にやりましょうか」


 *


 出来上がったクノー米に、みんなが感嘆の声をだした。

 艶がよく、ふっくらとした弾力が良い出来だ。


「これがクノー米のちゃんとした料理……っ! なぁアルト! これの名前はなんて言うんだ⁉」

「確か、モチって言ったような気がします」


 俺が読んだ本にはそう書いてあった。

 クノー米の原産は詳細に書かれていなかったが、最初は誰が作ったのだろうか。


 あとで調べてみようか。


「あ、アルト……っ! もう食べてもいいわよね⁉」


 待ちきれないと言った様子で、ウェンティが聞いてくる。


「うん。もう完成だよ」


 モチは嚙み切れなくて、喉に詰まらせると大変だ。

 だから、一口サイズに切り分けて食べやすくした。


「はむ……っはむっ……っ」

「あっ、ウェンティ! そんな一気に食べると喉に詰まらせる……」

 

 そう言うも、俺の口が止まる。


 ウェンティは目尻に涙を貯めながら、モチを食べていた。

 その光景にヒューイが言う。


「泣くほどうまいのか⁉」


 それに対して、ティアがヒューイを叩いた。


「馬鹿……っ! あの涙はそんな軽いもんじゃないでしょ」

「痛っ! 叩くことねえだろ!」

「いえ、ティアの言う通りですよ。まったく、ヒューイは体だけ大きくなっても、まだ子どもですね」

「ラクス先生まで⁉ 酷くねえか⁉」

「ウェンティさんは、まともに食事をしていなかったのでしょう。空腹の苦しみは辛いですから」


 確かに、あの環境で生きていくのはつらい。

 女の子一人で生きていけるほど、この世界は優しくないんだ。


「それもあるけど……違うもん」

  

 悔しそうに目を細め、涙を拭きとっていた。

 

「ただ、安心したのよ。もう食べられないと思ってたから、アルトの手料理……」


(あぁ、そっか。俺がウェンティの傍を離れてから、好物を食べていないんだ。ウェンティは好き嫌いが激しいからなぁ……今は大丈夫そうだけど)


 優しく微笑んで言う。


「……気づかなくてごめん。ウェンティ、今度からたまにご飯を作りにくるよ」


 ウェンティの好物は異国のものばかりだ。

 俺しか作れない物もたくさんある。


 きっと、寂しかっただろう。


「……ありがとう」


 すると、パチンッと手を叩く音が響いた。


「さて! お二人の仲直りも済んだことですし、私もウェンティさんとお話していいでしょうか?」

「そうですね。ウェンティのこと、よろしくお願いします」

「えぇ、こちらこそよろしくお願いします。ね、ウェンティさん」

「……えぇ、お願いするわ」


 ラクスさんなら安心して任せることができる。

 ウェンティには幸せになって欲しい。大事な家族だから。


 それから、みんなはモチを食べていた。


「うんま……っ! しかも甘いなこれ! 流石だなアルト!」

「はい。実はサトウ花を栽培するガルドさんという方と知り合いでして、サトウを多く頂いているんです。それをちょうど今日は持っていたので」

「はっ……サトウって高級品じゃねえか!!」

「大丈夫ですよ。今は生産も安定しているので、値段も下がると思います」


 暗黒バッタを変化させた肥糧バッタは大活躍していた。お蔭で管理が楽になり、サトウ花の価値は下がり始めている。


 他の農家からも肥糧バッタを貸してくれないか、という話も貰っているくらいだ。


「アルトさんにはお世話になりっぱなしで、なんとお礼を言ったらいいか」

「いえいえ! 俺がやりたくてやってることですから。あっそうだ」


 ポケットから滅尽の樹魔エクス・ウッズの時に落ちていた種を見せる。

 王国騎士のマルコスでも、この種について知らなかった。


「これが滅尽の樹魔エクス・ウッズの戦いで……?」

「何か分かりませんか?」

「すみません……私の妹がSランクの冒険者をやっているので、もしかすれば知っているかもしれません。ちょっとアレな子ですが……」


 ラクスがハハハ、と苦笑いをして見せる。

 ラクスさんの妹さんか。どんな人なんだろう。

 



 

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