29.農民
イスフィール家の呼びかけということもあって、サトウ花を育てている農民二十人がすぐに集まった。
「み、みなさん、よろしくお願いします」
ウルクとレアのやる気が半端ではなく、説明だけでも早くやろうと言い出したのだ。
イスフィール家の野菜庭園で実際に見せて知ってもらおうという事で、数体の肥料バッタを用意した。
農民の人たちは訝しげにこちらを見ている。
疑う目があるのは無理もない。急に呼び出されて、サトウ花の生産が安定するかもしれないと言われても信用はできない。
「こちらが、今回集まっていただいた理由。肥料バッタです」
「お、おい……それ、暗黒バッタじゃねえか⁉︎」
外見こそは暗黒バッタの形をしている。パッと見てそう勘違いされるのは仕方のないこと。
「で、でもなんか緑色っぽい……?」
「そうです。この子は暗黒バッタの変化した姿なので、みなさんにとって、とても益のある虫になっています」
疑わしい目で見られるのも当然だよね……。
ずっと暗黒バッタに苦しめられてきたからこそ、嫌悪感があるのだろう。
「まず、この子は共食鉱石とエメラルドを【調合】した合成鉱石を食べさせています」
丁寧に説明しようとすると、全員が首を傾げる。
……あれ? 共食鉱石は同種の鉱石を吸収して大きくなる鉱石で有名なはずだ。
あっ暗黒バッタが鉱石を食べるのは知らないのか。
対策を発見した、程度しかまだ知れ渡っていないみたいだ。
「えーっと、つまり、害となる虫を食べて肥料にしてくれるバッタです」
農民の一人が手を上げる。
「なんでしょう」
「農民のガルドだ。おい、んな都合の良いもんあるわけねえだろ。それにその暗黒バッタも、どうせ詐欺かなんかだろ? イスフィール家の人たちは人が良すぎるから、そこに付け込んでるんじゃねえのか?」
ガルドは四十代後半の男性だった。
そういう捉え方もあるんだ。
イスフィール家を心配しての発言だったから、俺は別に腹は立たなかった。
どちらかと言えば、この人、ガルドに対して好感を抱いた。
言いづらいことでもしっかり口にする真っ直ぐなところは、真面目な人の証だ。
ちょっと言葉がキツいけど……。
「……そうですね。じゃあ、お見せしますね」
肥料バッタを放つと、真っ先に野菜に飛びついた。
「ほら、やっぱり────」
ガルドがそう言い切る前に、肥料バッタは近くにいた害虫に飛びつく。
「……え? 暗黒バッタが、害虫を食べてる……?」
この隙を逃すことなく、俺は話を続ける。
「肥料バッタの糞は野菜やサトウ花にとって効果の高い肥料になります。もちろん、肥料バッタが逃げられないように網か何かで覆っておく必要はありますけど、たまにこうして放つだけで野菜にとって大きな助けになるんです」
暗黒バッタは確かに人々を苦しめた。
でも、それは俺たちが暗黒バッタをあまり知らなかったからだ。
「暗黒バッタは毒ですが、使い方によっては薬にもなります」
そうして一通りの説明を終えると、またもや沈黙が襲いかかる。
「……い、以上です」
農民たちはお互いに顔を見せ合い、ガルドに注視した。
真剣な面持ちで、俺に問う。
「……あんた、名前は?」
「あ、アルトって言います……」
「そうか……アルト、すまなかった」
ガルドは大きく頭を下げた。
「正直信じられねえって疑ってた! でも、こうして害虫を食べてるところを見せられたら信じるしかねえよ! すげえよこれ!」
「いえいえ! 信じてもらえただけで十分ですよ!」
「なんて謙虚な奴なんだ……」と言って、手を伸ばしてくる。
「アルトの肥料バッタを貸してくれ。お金はいくらでも払う」
「すみません、まだそういうのは考えてなくて……」
「でも、そう言って払わねえわけには行かねえ! これは俺たちを救うものだ! 命で足りるかどうか……」
そんな重い物で払われても困る!
俺は冷静に考えて、妥協点を探る。
「そうですね……じゃあ、今はサトウ花ができたら少しだけ分けてください。ウルクやレア王女が喜ぶので。もし商売でもするってなったら、その時に新しく言うので」
あの二人の笑顔が見れるのなら、俺はそれだけで満足だ。
ガルドが俺と握手をすると、ぶんぶんと上下に揺らす。
「アルトは神様だ! これなら安定して生産できる! ほら! おめえらもちゃんと握手すんだ!」
残りの人たちにも囲まれ、握手を求められた。
すると、外野から見ていたレアが声を張り上げた。
「アルト様は貴族なのですよ! もう少し丁寧に扱ってください!」
「き、貴族⁉︎ あ、アルト……いや、アルト様……すまねえ……無礼を働いた」
ガルドは咄嗟にその場で土下座して、非礼を詫びる。
「あ、あの、そういうのはやめてください。貴族って言っても、大したことありませんから」
謙遜するとガルドは感極まって、涙目を浮かべた。
「アルト……あんた……なんて良い子なんだ……!」
そっか、貴族になるってみんなから頭を下げられたり、違う世界の人間だと思われたりするんだ。
なんだか慣れないな。
「レア王女殿下も、あまり言い触らさないでくださいよ」
「良いではありませんか。アルト様の権威をもっと世の中に知ってもらうため、千里の道もまず一歩からですよ?」
「そんな道は進みたくありませんから……」
俺がもし、どこかの道に進むとすれば、誰かの役に立てる道に進みたい。
やってよかった、そう思えたら十分だ。
ガルドがつぶやく。
「ん……? 今、王女殿下って……き、聞き間違いだよな!」
そこを指摘するとまた騒ぎになりそうだから、黙っておく。
「そうだ。レーモンさんから、収穫を手伝ったら野菜を少し持ち帰っても良いと言われているので、良かったらやって行きませんか?」
「マジか! お前らもやるだろ!」
そういうと、農民のみんなは喜んで収穫を手伝ってくれる。
作業中は黙っているということが少なく、それぞれ自分のことについて語っていた。
「アルト、俺には娘が居てな? これがまた可愛いんだ〜」
ガルドは家族をとても大事にしているらしく、ずっとそのことについて話していた。
「娘さん、ガルドさんがお父さんで幸せだと思いますよ」
「……えへへ、そうかなぁ? でも、最近はパパ汚いなんて言われちまってよ……土まみれなんだからしゃーないだろって」
トマトやキャベツを収穫しながら、ふと思った。
「そういえば、みなさん、本当に爪の間とか土だらけですね……」
「俺たちは土仕事がメインだからな! 昔からずっと爪の間には土が挟まってるんだよ」
衛生的に考えたらあんまり良いことでじゃない。
娘さんから汚いと言われて困っているみたいだし。
それに、笑顔で野菜を収穫する農民の人たちを見て、少しでも長生きして欲しいと思ってしまった。
健康的な身体に、肉体維持……。
農民は体が資本だ。そんな彼らに対して、何かできることはないだろうか。
「……あっ、お風呂に入りますか?」
「……風呂? 水浴びじゃなくてか?」
「ええ、ちょっとだけ特別な効果があるお風呂です。体も綺麗になりますよ」
「本当かよ‼︎」
久々に作るか。
ウェンティが無理難題を言って、俺が作らされた、肌を若返らせる風呂。
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