30.お風呂
屋敷の大浴場を借りて、俺はお風呂の準備をしていた。
「あの……なんで見てるんですか?」
俺がお風呂の準備をするだけだと言うのに、イスフィール家のみんなと農民の人たちが興味深そうに眺めていた。
「アルトがまた何かやると言ったら、見ない訳には行かないだろ?」
「そ、そうかな……?」
「みんな、お前のやることに興味があるんだ」
なんであれ、興味を抱いてもらえるのは嬉しい。
ウルクに微笑み、水が張った浴槽に手を入れて温度を確認する。
うん、程よい熱さだ。
「あっそうだ。テットさん、ポーションとかありませんか?」
「ございます。必要ですか?」
「そうなんです。この広さだと……三つほどお願いできませんか?」
「ええ、構いませんよ」
ポーションは治癒効果のある薬草を潰し、その水分を加工することで完成する。
薬草の質や量によって効果の高さは変わってきて、高価なものだと何十万ゴールドもすると言う。
ただ、流通しても大抵は粗悪品が多いことから、あまり高値で売買されることはない。
「どうぞアルト様」
「ありがとうございます」
三つのポーションを受け取って、中身を確認する。
薄青色の液体で、これを飲むと怪我や疲労を治癒してくれる効果があった。
「……あれ、すごく匂いが濃い」
ポーションには独特のにおいがあり、甘い香りが強いほど効果が高い。
これは……凄く甘い匂いがする。
「あの、これ高い奴じゃ……」
「いえ、これはフィレンツェ街の孤児院で作られた物。安物ですよ」
「えっ……?」
俺の感覚が間違っていたのだろうか。
これを普通に王都で売れば、かなりの高額で売買できるはずだ。
そんな物が安物だなんて信じられない。
孤児院って確か、前にウルクが薬草採取の依頼をたまに受けているって言ってたっけ。採取した薬草で孤児院はポーションを作って売る。
それで経営していると聞いた。
元となった薬草が良質だったのか、ポーションにする過程で何か加工をしているのか……。
「でも、このポーションなら……」
お風呂にポーションを入れると、周りが驚く。
「あ、アルト⁉」
「何をやっておるのじゃ⁉ ポーションをお風呂に入れても、効果はないのじゃぞ⁉」
あっ、そっか。普通に見たら、無駄なことしてるって思われちゃうんだ。
「大丈夫ですよ。確かに、お風呂にポーションをそのまま入れても、効果はありません」
ポーションの入った浴槽に腕を入れて、みんなに見せる。
ただ水に濡れただけの手。
この状態では、ポーションの効果は得られない。
レーモンが言う。
「そりゃそうじゃ……ポーションは飲まなければ効果がでない……っ」
「でも、うまく魔法を使えば、お風呂に入っただけで傷や疲労が癒せて、肌が若返るような効果のあるお風呂が作れるんじゃないかって思ったんです」
今度は首を傾げられた。
「つまり、【調合】でポーションとお風呂を混合させて、濃度を薄くする代わりに入るだけで回復するお風呂にするんです。しかも、若返り……実際は肌が艶々になる程度ですけど、効果もあります」
レアが腕を組んで、悩みながらつぶやく。
実際にやって見せる。
「【調合】」
お風呂が少しだけ緑色になり、ポーションが混ざったことが分かりやすくなる。
「な、なるほど……そんな使い方は思いもよりませんでした。流石アルト様……考えが柔軟です」
「いえいえ! これでも、まだ完成じゃないんです」
ここからが最も大事な点だ。
開発した魔法、【洗濯(ウォッシュ)】はこういう場面でも役に立つ。
「ここに【洗濯(ウォッシュ)】を使います。この魔法は汚れだけを落としたり、溶かす魔法です。これでお風呂を清潔に保つことができます」
もちろん、人肌に合うようにかなり効果は薄めている。
ポーションによる美容と治癒効果、【洗濯】により小さな汚れすら取る。
これらが合わさって最強のお風呂ともいえるだろう。
「って感じで、完成です」
ようやく説明が終わって、一息つく。
すると、みんなが茫然と俺を眺めていた。
「じょ、女性にとっては肌が若返るように綺麗になりますけど、入りますか?」
「ぜひ入りたい‼︎」
「当たり前ですアルト様‼︎」
*
俺の予想通り、かなり効果の高いお風呂になっていた。
肌が潤いを保ち、数日間は艶々だろう。
「うっひょ~! 身体が軽いのぉ! それに気持ちが良い……素晴らしいなぁ! アルト、これはベッドの時並みじゃ!」
「良かったです」
「せっかくなら、風呂上りに冷たい飲み物が欲しいのぉ~……」
飲み物か……アリかもしれない。考えておこう。
レーモンが浴槽に浸かり、バチャバチャと足を動かしていた。
「レーモン様……お歳なのですから、礼節をお持ちください」
農民とイスフィール家の男たちがお風呂に入り、騒いでいた。
女性陣は別の浴槽を用意してもらって、そちらの方もきちんと準備した。
「だって気持ちよいのじゃから、仕方ないじゃろ? それにほら、儂の腕ツヤッツヤ! 凄いじゃろ!」
「……まったく、幾つになっても本当に変わりませんね」
「お前だってそうじゃろテット。相変わらずの堅物じゃ」
「レーモン様に言われたく御座いません」
いつもは主人と執事と言った二人だが、こうしてお風呂に一緒に入れば旧友のように語り合っていた。
(長年の親友って感じがするなぁ。お互いに信用してて、ちょっと羨ましいかも)
仲睦まじい会話に微笑んでいると、
「あの、俺らなんかも一緒に入って良いんですかい?」
ガルドが怯えた様子で聞いて来る。
あんまり気にしなくても良いと思うけど、やっぱりどこか壁があるのか。
俺は笑顔で言う。
「みんなで一緒に入った方が気持ちいいじゃないですか」
実際、和気藹々としている中でのお風呂は本当に気持ちが良い。
元々、お風呂はガルドたちのために用意したものだ。
彼らが入らないんじゃ、勿体ない。
「あっ」とテットが俺の方を向く。
「そうだ、アルト様。商売などは考えていらっしゃらないのですか?」
「え? 商売、ですか?」
「はい。前の肥料バッタの件や今回のお風呂。これを商売として売り出せば、億万長者になることも夢ではないかと思いますが……」
言われてみて考える。
そっか、商売もありなんだ。
やっていけるかは分からないけど、挑戦はしてみたいかも。
商売と考えた時に、さっきのポーションのことが頭を過る。
「そういえば、あのポーションって、なんでもっと売れないんでしょうね。良い品質なのに」
「儂らも詳しくは知らぬ。あの孤児院を気にかけているのはウルクだからの」
ウルクが孤児院のために薬草採取の依頼を受けていることは知っている。
「アルト様。もし、お風呂の商売をしたいとなったら、良いポーションを売ってくれる商人が居ますが」
「……いえ、まだ少し考えさせてください」
ふむ。
商売をするなら良いポーションの入手先は安定させたいけど、孤児院の役に立てるのならそちらの方が良い。
お金儲けよりも、人助けの方が大事だ。
「あっそういえば、孤児院のシスターは……ダークエルフ、だったかの?」
ダークエルフ……?
本で確か、かなり珍しいって聞いたことがある。
あれだけ濃厚なポーションだ。
ダークエルフなら、ポーションにする過程で誰も知らないような秘密を知っているのかもしれない。
……気になる。
よし、行ってみよう。
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