最終話 シン・秘剣刺影人

「隠神!」


 一馬は叫んだ。秘剣『隠神』が発動した。


「ぐっ!!」


 振り下ろさんとした仕込み刃が宙でとまった。

 信じられぬといった表情で日下はおのれの左胸をみた。


「それが『隠神』だ」


 一馬が静かな声音でいった。日下の左胸――心ノ臓の辺りに飛び出た刃が突き刺さっていた。

 日下の塞がれていたはずの右目が開いている。


「やはり、右目はみえていたのか」


 日下の隻眼は偽装であった。相手をおのれの右手から仕掛けさせるための誘導だったのだ。


「浅ましい知恵だ。……いや、おれもひとのことはいえぬか」


 一馬が日下の心ノ臓に刺さった飛刃をみて皮肉な笑みを浮かべた。

『隠神』とは柄のなかに仕込んだバネを利用して刃そのものを標的に飛ばす飛び道具だったのだ。雨に濡れて内部が湿気ていればバネは作動しない。

 もとは焼き継ぎ屋であり、手先が器用だった父・徹山てつざんはこれを「秘剣」と名付けて「無敗」を誇った。

 徹山はただの凡庸ぼんような剣士に過ぎなかった。からくり道具を遣うことで世間を欺き、息子さえも騙していたのである。


「フッ……」


 日下が鼻でわらった。

 唇が青い。まぶたも重く垂れ下がり、命の火が尽きかけているのがわかる。


「おれもおまえも……踊らされて生きていたということか」


 日下が仕込み刃を捨てた。


「アラ、エッサッサーーッ!!」


 日下が踊った。重しがはずれたかのようにひょうげて踊り、そして足を滑らせた。 日下は谷底の激流にのまれていった。




「一馬さん……」


 声がした。振り向かなくてもわかる。さわだ。

 一馬は歩きだした。

 さわがなぜ、この場にきていたのかはわからない。

 日下の最期を見届けるためか?

 それとも……。


「一馬さん!」


 もう一度、声がした。

 だが、一馬は振り向かない。

 おのれの役目も、サムライの世の中も終わった。

 空虚な新時代の風のなかを一馬は歩いてゆく。

 曲がらぬ左足を引きずりながら……。




      シン・秘剣刺影人 了。

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シン・秘剣刺影人〜しん・ひけんしかげにん 八田文蔵 @umanami35

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