第参拾四話 非情の試し撃ち

「や、やめてくれ!」

「お助けくだせえ!」


 哀訴がこだまする山間の盆地に人足たちが集められていた。

 みな体に故障を抱え病を得て働けなくなったものたちだ。

 彼らの目線の先には丈高い柵壁さくへきがそびえ立っている。

 労役に駆り出された彼ら自身が築いた『万里の長城』である。


「はじめろ!」


 小高い丘に陣取り、戦国武将よろしく床几に腰掛けた隻眼の代官が命令を下した。

 人足を集めた役人たちはみな手に新式の小銃を構えている。それまでの火縄銃とは打って変わったパーカッションロック式(雷管仕様)のミニエー銃である。


 ミニエー銃は命中精度が高く、薩長の新政府軍が各地で戦果をあげたのは早くもこの最新洋式銃を採用したからだといわれている。




「走れッ!」


 役人の一人が空に向けて一発撃った。

 人足たちがいっせいに駆け出し、高さ五丈(約15メートル)はある柵壁に取り付き登りはじめた。生き残るにはこの壁を越えて他領に逃れるしかない。


「撃て!」


 日下弦之丞が隻眼を光らせ軍配代わりの扇子をふるった。

 冷酷な代官の号令一下、ミニエー銃が火を噴き、柵壁に虫のように取り付いた人足たちを撃ち落としてゆく。

 まさに人命を無視した試し撃ちであった。




   第参拾五話につづく

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