第参拾参話 落涙。

 自然と涙がこぼれていた。

 作太郎は思わず立ち止まり振り返った。

 師と過ごした庵は遠く彼方へ過ぎ去ってしまっている。


 作太郎には一馬の心遣こころづかいがわかっていた。

 無駄に修行を長引かせることによって時間稼ぎをしていたのだ。

 そのうち官軍がやってきて、日下王国くさかおうこくと化したこの辰峰郷を日下もろとも討ち滅ぼしてくれるに違いない。


 だが、作太郎はいつくるとも知れぬ官軍など待つ気はなかった。

 仇はこの手で討ち取ってこそ価値があるのだ。

 大滝修蔵をはじめとする辰峰浪士隊の無念を晴らすことができるのはおのれ一人だ。



 このまままっすぐ麓の里へ降りていってもよかったが、忍びの仲間が待ち受けている可能性もある。

 作太郎は獣道けものみちを選んだ。

 尾根おねを伝って谷へ降りる道をゆく。


 ダーン!


 そのときだった、銃声がこだました。


「ッ!」


 足をとめ、銃声が響いてきた方角に目を凝らす。

 不穏な空気を感じる。

 第六感が告げている。

 怨敵おんてきがそこにいる!




   第参拾四話につづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る