第参拾弐話 圧倒的な無力感

 一馬の背中に衝撃が疾った。


「ぐはっ!!」


 うめいて倒れた。

 鎧通しが手から離れ、無様ぶざまに這いつくばる。

 衝撃で息がつまり呼吸ができない。

 笛を吹くような喘鳴ぜんめいが口から漏れた。

 すると――

 背中に膝を押し当てられた。

 両肩をがっちり固められ、ぐいっと活を入れられる。


 気道が通った。

 喘鳴がおさまり、呼吸が楽になる。


「大滝道場で教えられた蘇生術です」


 背後で作太郎の声がした。


「無礼と不義理をお許しください」


 作太郎の足音が遠ざかってゆく。

 一馬が振り返る。


「ま、待て、ゆくなっ!」


 思わず叫んだ。


「やめろ、よせっ! ここにいるんだ!」


 作太郎は振り返らない。

 舞い散る枯れ葉のなかを前だけみて去ってゆく。

 立ちあがろうとして一馬はよろめき膝をついた。

 足腰を立たなくさせられているのは一馬の方であった。作太郎が師に放った背中の一撃は峰打ちなのだ。


「もどれっ! もどるんだ、作太郎ーーッ!」


 絶叫がこだました。

 もう作太郎の姿は見えない。

 父親を失い、いままた弟子までも失おうとしている。

 このうえもない無力感に一馬は嗚咽おえつを漏らしていた。




   第参拾参話につづく

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