第参拾五話 黒い不安

「どうしたのだッ!」


 日下が床几から腰をあげた。

 ミニエー銃が火を噴かない。

 最初の一、二発は作動したが三発目ともなると弾詰たまづまりを起こして弾を撃ち出さない。買ったばかりの新式銃が動作不良を起こしている。


 試し撃ちの的にされた人足たちが柵壁を越えはじめた。集められたのは病人や怪我人ばかりであったが、命がかかってくるとなると意想外の力を発揮して乗り越えてゆくものが続出した。


「逃すなッ! 斬り捨てよ!!


 日下が叫んだ。もはや試し撃ちどころではない。人足たちをこのまま他領に逃がせば内情が漏れる恐れがある。

 役人たちがミニエー銃をその場に打ち捨て抜刀して駆けだした。

 すでに何人かは門の外に逃げ出してしまっている。


「なにをしている?! おまえたちも追えッ!!

 一人も残すなッ!」


「ハハッ!」


 怒鳴りつけられ側近たちが刀を手に駆け出してゆく。その場にひとり残って日下は柵壁の向こうを見つめた。


「むう……!」


 思わずうめいた。

 高い金で買い付けたミニエー銃が使えないとわかったいま、せっかく築いた王国を守る手立てがない。

 裏柳生うらやぎゅう同朋どうほうたちとは連絡がつかなくなっている。


 ヒュウウウウウウ……。


 小高い丘の上に木枯らしが吹き渡る。

 不安が黒い群雲むらくもとなって胸中に広がってゆく。

 怖ろしいなにかがこの身の上に迫りつつある。

 ばきり、と手の中で音が鳴った。思わず扇子を折っていた。

 すると――


「どうやら安物をつかまされたようだな」


 突然、背後で声が響いた。

 ゆっくりと振り返った。


「だれかと思えば……」


 日下は口の端を歪めた。


わっぱか……」




   第参拾六話につづく

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