第弍拾参話 灸

 さわが持ってきたのは煎じ薬ではなくモグサであった。

 一馬は袴の裾をたくしあげ、黒く変色した左膝をさわに見せた。

 さわは黙って膝の経穴に丸めたモグサを据えてゆく。

 この手際のよさは薬種問屋の女主人だからではない。

 薬草取りのころから診療所にも出入りし、町医者の手伝いをしていたため身についた所作なのだ。


徹山てつざん先生が一馬さんに稽古をつけていたころのことを思い出しました」


 付け木でモグサに火をつけながら、さわが昔を懐かしむようにいった。


「おれも父上と同じようなことをするとは思わなかった」


 モグサの熱が患部に浸透してゆくようだ。まだ熱くはないが一馬は反射的に顔をしかめた。


「一馬さんは……」


 モグサの山から立ちのぼる煙をじっと見てさわがいった。


「作太郎さんを刺客に仕立てるつもりですか?」


「熱ッ!」


 膝からこぼれる前にさわがモグサを取り払い、新たな山をつくって別の経穴の箇所に置く。


「文字通り、灸を据えにきたというわけか」


 皮肉な笑みを浮かべて一馬がいった。




   第弐拾四話につづく

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