第弍拾四話 祈りと微笑

「文字通り、灸を据えにきたというわけか」


「おやめください。ひとの道にはずれています」


 さわがきっぱりといった。目はモグサの山に注がれたまま。


「……おれと作太郎は刑場けいじょうにいった」


 刑場で大滝をはじめとする襲撃浪士たちが火あぶりにされるさまを二人はみた。あのときの凄惨な光景はいまもまぶたの裏に焼きついて離れない。


「おれはもちろんのことだが、作太郎の怒りは尋常ではなかった」


 ――おれに、おれに剣術を教えてくれッ!


 あのとき、作太郎は噛みつきそうな目で一馬に訴えた。

 復讐は空しい……などという建前をいえる様子ではなかった。

 だから、承けた。この熱量を逸らすには目的を与え稽古に集中させるしかない、と。

 あのとき一馬が断われば、作太郎はその場で柵を乗り越え、隻眼の代官に斬りかかっていっただろう。


「では……」


「そうだ。時間稼ぎだ」


 据えたモグサの小山から煙が薄く立ちのぼり、天井の辺りで渦巻いている。その煙の渦はやがて風に押され武者窓の外へと流れてゆく。


「刻を稼がねばならぬと思った。そのうち時勢が、恨みも怒りも霧散させてゆくだろう。このモグサの煙のように……」


「……………」


 さわが黙って火のついたモグサを一馬の左膝から取り払った。心なしか膝が軽くなった気がする。


「官軍がくるまで稽古をつづけると……?」


「そうだ。この稽古は作太郎を暴発ぼうはつさせないための安全弁だと思ってくれ」


「でも……」


 さわが心配げに目を伏せた。


「でも……なんだ?」


「でも、腕に覚えがあれば……自信がついてくれば試さずにはいられないはずです」


「!…………」


「あなたも同じだったのでしょう?」


「…………」


 一馬は沈黙させられた。

 そのとおりだ。得てして実戦経験のないものほど根拠のない自信を抱きがちだ。あのときの一馬は裏柳生の遣い手である日下の挑発に乗ってしまった。

 怒りと憎悪だけで挑んだ結果がいまの悲惨な現状につながっている。

 作太郎もそうならないという保証はどこにもない。


「おれは……」


 一馬はおのれの膝をにらんでいった。


「おれはもう……こんな体だ。祈ることしかできない。あんたも祈ってくれ」


 作太郎が暴発する前に時勢が日下を成敗してくれることを願うしかないのだ。


「わたしはわたしのできることをします」


 そういってさわは腰をあげた。


「できること?」


 それはなにか?……と問う前にさわは立ち去った。

 謎めいた笑みをのこして……。




   第弐拾五話につづく

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