第弍拾五話 一片の温もり

 日下弦之丞は紫煙をぷかり吐き出すと、隻眼を虚空に漂わせた。


「阿片はいい。すべての憂いを吹き飛ばしてくれる」


「そんなに官軍の動きが気になりますか?」


 傍らでしどけない寝間着姿のさわがいった。


「新式のミニエー銃を買い付ける算段ができた。この日下王国は簡単には落ちぬよ」


 手を伸ばし、さわの豊満な乳房を揉みしだきながらいう。


「昼間、どこへいっていた?」


「……………」


「こたえぬか」


「痛い……!」


 乳房を弄ぶ手に力がこもった。

 さわが眉間にしわを刻んでうめき声をあげる。


「おれがなにも知らぬと思うたか」


 さわの乳房から手を離すと、再び阿片を詰めた長煙管に口をつける。


「おまえの企みなど、とうの昔に割れている。このおれをこうして阿片漬けにすることもな」


「……………」


「おれは阿片などでは死なぬし、作太郎とかいうわっぱに斬られることもない。ましてや片足の動かぬ男など論外だ」


「では、どうしてこのわたしをお側に置いておくのです?」


「惚れたからだ」


「!?」


 意外な答えだった。さわはどう返していいかわからない。


「おれをただの残酷な男だと思うな。残酷なのは世間だ」


 そういうとごろりと横になった。

 さわは無言で日下の塞がれた右目を見た。この右目にはしる傷が日下弦之丞という男を形づくってきたのだろう。


「こい」


 抱き寄せられて、さわはこたえた。

 そして初めて感じた。

 この冷えた肉体と魂に一片の温もりがあることを……。




   第弐拾六話につづく

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