第拾弍話 護るべきもの
「わたしは代官・日下弦之丞の
公儀始末人・日下乱蔵が代官・日下弦之丞と名を変え、この辰峰の地に赴任してきたのは三年前のことだった。
春陽堂の主人・
屋敷の厠で茂兵衛が倒れたのだ。
茂兵衛はそれきり帰らぬひととなった。
春陽堂の女将となったさわは代官屋敷の専売御用商人となり、売り上げを大いに伸ばした。
亡くなった茂兵衛の親族は、さわを御店乗っ取りの毒婦として憎み、陰に陽に悪罵を投げた。先ほどの作太郎のように……。
確かに傍からみれば代官と共謀して夫を殺し、店の女主人におさまった奸婦
に他ならない。だが、さわの想いは違う。
さわは店を潰したくはなかったのだ。彼女は夫の茂兵衛を愛していた。そして……。
「かかたん!」
襖が開いて三才ぐらいのおかっぱ頭の童女が寝室に入ってきた。
「この子は……」
「娘のみやです」
一馬の問いにさわが目を細めてこたえる。
「ご亭主どのは
「……そうかもしれません。でも、主人は日頃から体調がすぐれなかったのも事実です。いまとなっては……」
さわが悔しそうに唇を噛んだ。
日下弦之丞に対する疑惑疑念はつきないが、残された店と娘を守っていくには代官の庇護を受けるしかなかったのである。
「ここには捕り手たちも踏み込んできません。よければこのままお泊まりください」
「……わかった。世話になる」
寝息をたてている作太郎の顔を見て一馬は頭を下げた。
みやが不思議そうな顔で作太郎の寝顔を覗き込んでいる。
一馬はさわの言葉を信じることにした。
外は捕り手たちが総力をあげて浪士隊の残党狩りをしているだろう。どのみちここに留まるしかないのだ。
第拾参話につづく
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