第拾壱話 さわの正体

 着岸した堀割のすぐ向かいは商家の庭先であった。

 一馬は右足の太腿を負傷した作太郎を担いで、さわとともに屋内に入った。


 さわは寝室に作太郎を横たえるとさっそく治療にとりかかった。

 その手際は鮮やかで、傷口の洗浄、消毒を終えると包帯を素早く巻き終えた。

 薬種問屋の内儀ないぎだからではない。さわは薬草や山菜採りを仕事としていたころから薬師の補助として町の診療所で働いていたのだ。


「ありがとう。礼をいう」


 一馬はさわに頭を下げた。

 すると――


「そんな女に礼をいう必要はない!」


 作太郎が荒い息の下いった。


「なにをいうんだ。おまえの、いや、おれたちの命の恩人じゃないか?!」


 さわのおかげで窮地を脱出でき、こうやって手当もしてもらっている。感謝こそすれ、悪罵を吐く理由などない。


「あ…あんたは、その女の正体を知らないからだ」


「正体?」


 思わずおうむ返しに問い返した。


「いいか……よく聞け。そ…その女は――」


 そこまでいうと、作太郎は気を失った。さわが彼の脈をみる。


「大丈夫です。血脈は正常ですので、あと一刻(二時間)ほど休ませておけば目を覚ますでしょう」


「……訊いてもよろしいか?」


 一馬がさわの顔を覗き込む。


「なにをでしょう?」

 とは、さわは問い返さない。彼女は一馬に向き直るときっぱりとした口調でいった。


「わたしは、代官・日下弦之丞の妾でございます」




   第拾弐話につづく

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