第拾壱話 さわの正体
着岸した堀割のすぐ向かいは商家の庭先であった。
一馬は右足の太腿を負傷した作太郎を担いで、さわとともに屋内に入った。
さわは寝室に作太郎を横たえるとさっそく治療にとりかかった。
その手際は鮮やかで、傷口の洗浄、消毒を終えると包帯を素早く巻き終えた。
薬種問屋の
「ありがとう。礼をいう」
一馬はさわに頭を下げた。
すると――
「そんな女に礼をいう必要はない!」
作太郎が荒い息の下いった。
「なにをいうんだ。おまえの、いや、おれたちの命の恩人じゃないか?!」
さわのおかげで窮地を脱出でき、こうやって手当もしてもらっている。感謝こそすれ、悪罵を吐く理由などない。
「あ…あんたは、その女の正体を知らないからだ」
「正体?」
思わずおうむ返しに問い返した。
「いいか……よく聞け。そ…その女は――」
そこまでいうと、作太郎は気を失った。さわが彼の脈をみる。
「大丈夫です。血脈は正常ですので、あと一刻(二時間)ほど休ませておけば目を覚ますでしょう」
「……訊いてもよろしいか?」
一馬がさわの顔を覗き込む。
「なにをでしょう?」
とは、さわは問い返さない。彼女は一馬に向き直るときっぱりとした口調でいった。
「わたしは、代官・日下弦之丞の妾でございます」
第拾弐話につづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます