第弍拾壱話 成長と天稟

「肩から動くな! 腰から動くんだ!」


 木刀をふるう作太郎の顔から汗が滝のように流れている。

 一馬は作太郎の強い懇願を受け、空心流くうしんりゅうの稽古をつけることにした。

 空心流は小太刀の業だが、初伝、中伝は二尺三寸の定寸刀じょうすんとうでの基本を重んじている。

 長い刀の扱いを心得てこそ短刀の妙技を生かせるのだ。


「刃筋を通せ! 体の軸がぶれてるぞ!」


 作太郎は大滝道場では主に弓術を学んできた。わざわざ接近して仕留めるよりも遠間から射かけた方が合理的だと自身が判断したからだ。

 だが、作太郎の弓矢は隻眼代官には通じなかった。裏柳生の遣い手である日下弦之丞にとって飛来する矢をつかむことなど造作もないことなのだ。


 敵は単なる凶悪な暴君ではない。人外な業前を誇る難敵だ。この難敵を前にして一馬は為す術もなく敗れた。人並みな稽古や修練ではかなうべくもない相手だ。


「ハッ……ハッ……ハッ……」


 素振りも五百を超えるころになると、作太郎の打ち下ろしもさまになってきた。修行は疲れてからが本番だといわれている。

 無駄な力みがとれ、筋骨に負担のない最適な動きを体が自然に選ぶ。

 正中線を制して刃筋もきれいに通るようになった。


(むう……これは……)


 一馬は内心、驚嘆した。素振りの音が変化している。

 びゅっ、びゅっ……と唸っていた剣先が次第に、ビッ、ビッ……と風を斬るような短音に変わってきている。


(これが作太郎の本来の姿かもしれぬ)


 一馬はそう思うようになっていた。弓術よりも剣術の方に天稟てんぴんがあったのだ。


 ――と、そのときだ、枯れススキの茂みが揺れた。

 だれかがこの稽古の場に近づいてきている。

 思わず作太郎が臨戦態勢をとる。


「待て!」


 一馬は作太郎を制した。この足音には聞き覚えがある。


「さわさん……」


 春陽堂の女主人が姿を現した。手に小さな風呂敷包みを抱えながら。




   第弐拾弐話につづく

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