第余拾六話 秘剣の弱点

「ほざけっ!!」


 いうが早いか日下は仕込み刃を振り下ろした。

 太刀行きが鋭くはやい。

 二の太刀、三の太刀と間断なく繰り出してくる。

 土気色の顔に精気がもどったかのようだ。

 怒濤どとうの斬撃に一馬は下がらざるを得ない。

 たちまち崖っぷちまで追い込まれた。

 崖の下は切り立った絶壁で激流が谷底の岩を削っている。


「その秘剣とやらがあるのなら、うぬの親父はなぜおれに負けた?」


 日下が剣尖を突きつけ、一馬に問うた。冥土に送るまえにせめて言い分ぐらいは聞いてやろうという余裕の態だ。


「……あの日は雨が降っていたからだ」


 神妙な面持ちで一馬がこたえる。


「雨……?」


 日下は思い出した。夕方から降り出した雨は次第に雨脚を強め、足元はぬかるんでいた。


「父上は不運だった。急に降り出した雨で我が空心流の秘剣『隠神おんしん』は発動しなかった。雨こそが『隠神』の唯一の弱点だったのだ」


「なにをわけのわからぬことを……!」


 五日つづいた雨もいまはやみ、空は抜けるように晴れて冬の陽光が大地に降り注いでいる。


「いま、この晴天の刻こそ、おまえの命日だ」


 一馬が鎧通しの柄に掌を押し当て刃先を向けた。


「ぬかせっ!」


 日下が顔面に朱を刷いて大上段に振りかぶる。一気に斬り下ろす構えだ。

 一馬が掌で柄がしらをたたいた。


「隠神!」




    最終話につづく

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