第四話 大業

「そもそも殺す理由がなかろう。濡れ衣を着せられたのだ。取り潰しにあった我が辰峰藩も同様。

 おまえの母は徹山先生からなにがしかの事情を聞いていたため消されたに違いない」


 噛んで含めるように諄々じゅんじゅんと説く大滝の言葉に、作太郎が真っ赤な顔で首を振った。

 理屈ではわかるものの憎しみのはけ口を失う悔しさに心が追いつかないのだろう。その仕草はまるで幼い童子のようだ。


「大滝どのは父の仕事をご存じなのか?」


 辺りをはばかるような低い声で一馬は大滝に訊いた。


「薄々……察しはついておりました。しかし先生の口からじかに聞いたことはありません」


 確かに軽々に闇稼業を他人に語る父ではない。それに刺影人は汚れ仕事であり、剣客としては恥ずべき賤業といえる。


「我らには大業たいぎょうが控えている。無用な騒ぎを起こすな」


 大滝が作太郎に向かっていった。


「大業?」


 思わず一馬が聞き返す。大業とはなんだ?


「いや、いまの言葉は忘れてくだされ。貴殿には関係のなきこと」


 そういうと大滝はちらりと一馬の左膝を見た。片足が不自由になっていることを早くも見抜いたようだ。


「では御免。ゆくぞ、作太郎」


「ま…待ってくれ!」


 背を向け立ち去ろうとする大滝と作太郎に向かって一馬は声をかけた。


「よかったら、お浜どのの墓所を教えてくれまいか?」


 再び尖った視線で作太郎が振り向く。

 いくら大滝に諭されても作太郎から敵愾心は消えない。直接、手をくだしたわけではないにしろ、この父子のせいで母は巻き添えをくらったのだ。その事実は変わらない。


「曽根山通りの北のはずれにある善徳寺という寺の墓所に弔われております」


 そういい残すと大滝と作太郎はススキの原の向こうに消えていった。

 大業……といった大滝の言葉がなぜかひっかかる。

 二人の後ろ姿はどこか悲壮感が漂っていた。




   第五話につづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る