第八話 襲撃! 辰峰浪士隊

 つまり日下乱蔵が弦之丞と名を変え、天領となった辰峰郷に代官として赴任してきたということか……。

 だが、このばかばかしいまでの賑々にぎにぎしさはどうだ。市中巡察とはいえ、貴人のごとく輿に乗る代官など聞いたことがない。

 せいぜいが馬に乗って見回るぐらいのものだろう。


 ――と、そのときだ、射るような視線が一馬の頭上に降ってきた。

 わずかに顔をあげると、日下乱蔵、いや日下弦之丞と目があった。


「ッ!」


 息がとまった。日下はおれに気づいているのか?!

 日下の視線が粘り着く。一馬を見据えたままだ。輿の上からじっと見下ろしている。


 脂汗が滴り落ちる。ヘビににらまれた蛙とはこのことだ。敗北の記憶が甦り、体が硬直して動けない。

 すると――

 ふいに日下が視線を逸らした。前方を厳しい目で見据えている。

 土煙がわきたち、通りの脇から無数の人影が躍り出た。

 十数人は下らないだろう。輿の行列の後ろからも人影がわき出て前後を囲んでいる。


「あの男は……!?」


 輿の行列の前にすっくと立ちはだかったものは大滝修蔵であった。

 大小二刀を腰に手挟たばさみ、額には鉢金はちがね、タスキで袖を絞った武者姿だ。大滝が率いているであろう、他のものたちも似たような武装で白刃をすでに構えている。

 大滝が抜き身の刃を突きつけ、日下にいった。


「代官・日下弦之丞。いや、公儀始末人・日下乱蔵! 我ら辰峰浪士、うぬの首を頂戴しに参った!」


 腹の底から絞り出した大音声である。辺りの空気がびりびりと震えるほどだ。


(大業とはこのことだったか……)


 お家断絶、藩取り潰しの張本人である日下を討つ計画を、大滝らは密かに練りあげていたのだ。


(そうだ、だとしたら作太郎も一党に加わっているはずだ!)


 一馬は抜刀隊のなかに作太郎の姿を探した。しかし行列の前後を取り囲む隊士のなかに姿は見えない。


(弓……!)


 一馬は作太郎の扱っていた武器が弓矢であることに気づいた。

 だとするのならば……。


(いた!)


 前方、左斜めの天空に火の見櫓がある。その櫓のうえに華奢きゃしゃな人影が見えた。作太郎だ。間違いない。


 作太郎が矢をつがえ、弓を引き絞る。

 日下は前方と後方の浪士隊に気をとられ身動きできないでいる。

 日下の命運はすでに尽きた。

 大滝が突きつけた白刃を振り下ろす。

 それが合図なのだろう。作太郎が矢を放った。

 矢は寸分違わず、日下の心ノ臓に向かってはしっていった。




    第九話につづく

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