第拾六話 動乱

 歴史ははげしく動いている。

 十五代将軍・徳川慶喜は朝廷に政権を返上したが(大政奉還)、依然として実権を握っている。

 一地方領主の座に落ちたとはいえ、八百万石を超える領地は影響力を充分に担保し発言権を損なうことはない。


 薩摩、長州の二藩は大政奉還によって倒幕の名目を失ったが、宮中におけるクーデターによって天皇の詔勅しょうちょくを得た。

 徳川家及び幕府は賊軍とみなされ、新政府軍こと官軍は賊軍掃滅の挙に打ってでたのである。


 鳥羽伏見の戦いで幕軍を敗走せしめた新政府軍は日本全国に戦線を広げ、佐幕派の大名たちと交戦、ことごとく打ち破ってきた(戊辰戦争の始まり)。


 いま、北越では河合継之助率いる長岡軍が奮戦しているが敗色濃厚な状況にある。勢いを駆って新政府軍の一部は更に東へと進軍を開始、ここ辰峰の地にも迫りつつあった。



「そんな……ことが……」


 一馬は驚きのあまり、その場にへたり込んだ。自分が佐渡にいっている間、ひとも世間も時代も様変わりしている。

 まさしく浦島太郎だ。あまりの変わりように理解が追いつかない。

 だが、待てよ……と一馬の脳裏に一抹の疑問が浮かぶ。

 代官・日下弦之丞の意図がわからない。

 なぜ、『万里の長城』を築く必要があるのだ。一地方の天領の代官ならば時勢におもねってとっとと降伏すればよいではないか。


「――そうだろうが?」


 疑問をそのまま作太郎にぶつけると、意外な答えが返ってきた。


「日下はこの辰峰を独立国にしようとしているのさ」




   第拾七話につづく

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