第壱話 そして……帰ってきた。

 あれから十二年の歳月が流れた。

 寒河江一馬さがえ・かずまは帰ってきた。

 将軍家に慶事があり、恩赦おんしゃが認められて佐渡からもどることを許されたのだ。


 十二年。水替人足みずがえにんそくとして酷使された。それは噂通りの、いや噂以上の過酷さだった。狭い坑内に押し込められ、来る日も来る日もあふれでる地下水を排出しなければならない。


 あるものは肺を病み、あるものは落盤の下敷きとなって死んだ。

 死を覚悟したときは何度もある。

 死のうと思ったことも数え切れない。

 だけど一馬は生き抜いた。

 生き抜いて帰ってきたのだ。




 十二年ぶりにもどった辰峰郷たつみねごうは変わっていた。

 町に村落に活気がない。

 どんよりとした閉塞感が漂っている。

 小高い丘をのぼり山中を分け入って、かつて父・徹山てつざんと暮らしていた庵を訪ねる。


 それはあった。

 朽ちかけてはいたが、確かにそれはあの当時のまま残されていた。

 ここで父とともに修行に明け暮れていた日々が走馬燈のように甦った。

 あのころは一流の剣客になることを夢見ていた。

 だが、それもかなわぬ夢となった。

 長年の佐渡暮らしで一馬の左膝は曲がらぬようになっていたのだ。


 庵のなかに入った。

 壁際の戸棚に父が作陶した碗や皿、小鉢が残っている。

 一馬はこれらに価値があるものだとばかり思っていた。

 なんのことはない。それらは「影刺し御用」の報酬として便宜上、見立てられたものであり、偽りの代価であった。


 影刺し――影と呼ばれる公儀隠密を秘密裏に処理する闇稼業、人呼んで刺影人を父・徹山は生業なりわいにしていた。焼き物の腕を買われていたわけではなかったのだ。


 そして、その父も公儀始末人・日下乱蔵の手にかかって死んだ。

 一馬も裏柳生の手練れにはかなわなかった。

 空しく敗れ、「お浜殺し」の濡れ衣を着せられて佐渡送りとなった。


(親も親なら子も子か……)


 一馬は遺品となった碗のひとつを手にとり、自嘲の笑みを浮かべた。

 と、そのとき――


「ッ!?」


 気配を感じた。凄まじい殺気だ!

 なにかが武者窓から飛んできた。

 空気を裂くような唸りをあげて、それは一馬に向かって飛来した。




   第弐話につづく

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