第参拾話 侮蔑と慢心

「こちらから打ってでればいいではありませんか?」


 こともなげに一馬がいった。


「代官所を襲撃しろというのか?」


 それこそ無謀な考えだ。一馬はいままさに代官所を偵察してきた帰りだった。

 厳重な警備に囲まれ、出入りの商人ですら検問所を通らねばなかに入れない。

 行商人に扮した一馬はちょうど出てきた商人のひとりをつかまえ、なかの様子をそれとなく訊いてみた。


 ――まるで戦国大名のようだよ。全国から足軽や浪人たちをかき集め、日々いくさの稽古さ。


 出入り商人がいうには国境沿いに官軍が続々と集結しているという。

 河合継之助かわい・つぐのすけが戦死したことにより長岡軍は壊滅。北越を征した新政府軍は東に進路をとり、この辰峰郷に矛先を向けた。


 ――ここはもうしまいさ。あんたも別の土地にいって商いをした方がいいよ。


 そう忠告めいた言葉を残して出入り商人は立ち去っていったのである。




「ここを引き払おう」


 一馬は諦念ていねんをにじませて作太郎にいった。

 すると――


「先生は臆病風に吹かれたのですか?」


 厳しい口調で作太郎が返してきた。


「なに!?」


 作太郎の瞳には蔑みの色がはっきりと浮かんでいる。


「……いや、言い過ぎました。ご容赦ください」


 深々と頭を垂れて作太郎は背を向けた。一馬から受け取った大刀を腰に差したまま。


「待て! どこへゆく」


「先生はどうかご養生にお励みください」


 構わず作太郎は歩き出す。


「ならぬ。師のいうことがきけないのか!」


「わたしはもう、あなたの弟子ではありません」


 背中を向けたまま作太郎が言い放つ。


「師であるあなたを超えましたゆえ」


 作太郎が踵をまわして振り返った。挑むような目で一馬を見据えている。


「抜け」


 一馬が短くいった。


「ならばその業前わざまえ、真剣にて確かめよう」




   第参拾壱話につづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る