第余拾四話 鎧通し。

「日下弦之丞は生きています」


 ……やはり生きていたか。

 それは驚きでもなんでもなかった。どこかでそんな気はしていた。あの悪の権化がそう簡単にくたばるはずがない。


「……つづけてくれ」


 一馬はさわに先をうながした。日下の生死の報告をするためだけに、この雨の中険しい山道を登ってきたとは思えない。


「逃亡中の日下ですが、一緒に逃げようと文をよこしてきました。明日の正午、辰峰峠で待っているとのことです」


「フッ……フフフ……アーハッハッハ!」


 思わず腹の底から笑いがこみあげた。あの日下がそんなことを……。


「なにがおかしいのです!?」


 ややムキになってさわが身を乗り出した。


「……で、どうしてほしいのだ。あんたも一緒に逃げるのか?」


「娘がいます。わたしはここから離れるわけにはいきません」


「おれに敵討かたきうちの機会を与えるというわけか」


「もう、ご存じでしょうが……」


「そうだ、作太郎は帰ってこなかった。つまり死んだ。父上も日下に殺された。おれ自身も地獄の佐渡に送られ、こんな体にされてしまった。日下はこの手で討たねばならぬ不倶戴天ふぐたいてんの敵だ」


「……これをお使いくださいませ」


 さわが携えていた風呂敷包みの結び目を解いた。

 油紙につつまれたものをそっと差し出す。

 それは回転式拳銃リボルバーであった。


「これなら一馬さんでも確実に仕留められます」


「おれでも……か」


 一馬は皮肉な笑みを浮かべた。


「いらぬ」


 一馬は拳銃を押し返すと鎧通しをかざしていった。


「おれにはこれがある!」




   第余拾五話につづく

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