第47話 ……あ

 予告通り、昼食後にはゆったりした遊園地デートを楽しむことになった。

 迷路、お化け屋敷、占い館、売店などなど、絶叫とは無縁の楽しいひとときだ。

 リムと過ごす時間は本当に楽しくて、気づけばどんどん時間が過ぎていく。それが惜しくて、時間が止まればいいのにと、切実に願っている自分がいた。

 午後五時を過ぎ、ぼちぼち観覧車に向かうことになった。夜景を見ながらキスをする……なんてのも良いのだが、六時までしか開いていないので、結局夜景は見えないのだ。


「いやー、遊園地って楽しいね! 遊園地が楽しいっていうか、武とのデート、楽しいね!」

「うん。すごく楽しい」

「あーあ、でも、もうすぐデートも終わっちゃうなぁ。本当に惜しいよ」

「……またくればいいさ」

「初デートは二回できないんだよぉ」

「それはそうだ」

「今の新鮮さは、今しか味わえないよねぇ。あーあ、時の魔術師でもいないかなぁ。二、三時間くらい、あたしたちの時間を増やしてくれればいいのに」

「……本当にそう思うよ」


 手を繋いで歩く俺とリム。本当に幸せで、一生この手を離したくないなんて思ってしまう。

 これだけ強い想いを抱ける相手に出会えたことは、本当に幸せなことだと思う。

 妙なジョブを手に入れたときにはこの先どうしたものかと悩んだが……このジョブのおかげでリムとも仲良くなれた。単なる偶然だとしても、このジョブを得られた良かった。


「リム。この先もずっと、一緒にいような」

「それ、ちょっと気が早くない? そういうのはキスが終わってから言うもんでしょうが」

「……確かに」

「もうちょっと考えてものを言いなさい。キスの後には何を言ってくれるのかなぁ、ってハードルが上がっちゃうよ?」

「う……。あまりハードルが上がると、それは困るというか……」

「わくわく。わくわく」


 リムがキラキラした目で俺を見つめてくる。この状況は困った。何を言えとば良いのやら、さっぱりわからない。

 うんうん唸っていると、リムがふと立ち止まり、一点に視線を留める。視線の先にはクレープ屋があり、お客が集まっていて、誰を見ているのかわからない。


「……うん? どうした?」


 リムは眉間に皺を寄せ、忌々しそうに言う。


「……ごめん、武。観覧車は、また今度にしよう」

「え? あ、ああ……。わかった。でも、どうしたの?」

「見つけたくないもの、見つけちゃった……。はぁ……。何も知らなければ、気にせずに通り過ぎることができたのに……」

「……何があった?」

「ちょっと、こっち来て」


 リムに手を引かれ、クレープ屋から離れて自販機の陰に隠れる。


「はぁ……。たまにあるんだよね、こう言うの……。せっかくの楽しい気分が台無し……」


 リムがまた深い溜息を吐いた後、事情を打ち明けてくれる。


「犯罪者、見つけちゃった。ジョブは『催眠術師』で、今、女性を催眠状態にして操ってる。自分にベタ惚れしていると思い込ませて、たくさん貢がせたり、性的な関係を持たせたり。まだ捕まったことはないみたいだけど、常習で、たくさんの女性を不幸にしてる」

「それは……許せないな」

「うん。許せない。ここで、ちゃんと捕まえよう」

「それは賛成だけど、俺たちに何ができる? 警察に通報?」

「うーん……気は進まないけど、それしかないかな。ただ、あたしも見ちゃいけないものを覗き見てるってことで、あんまり警察とは関わりたくないんだよねぇ……」

「……そうか」


 一般人を催眠状態にするのはもちろん犯罪だが、リムが勝手に他人のステータスなどを覗き見ることも軽犯罪の扱い。

 となると、リムが警察に通報するのはあまり具合が良くないのか。


「まぁ、保身のために不幸になる女性を放っておくわけにもいかないよね。とりあえずは通報かな。ただ、すぐに来るわけじゃないから、しばらく監視。……ホント、ごめんね、せっかくの初デートでいきなり探偵ごっこ始めちゃって」

「仕方ないよ。リムはそういうジョブを持っているんだから」


 リムが警察に電話をかける。百十番なんて、俺の人生で初めての経験だ。

 だが、リムは慣れた様子で警察とやりとりをしている。

 そうか。リムにとっては、こういうのも珍しくはないのか。

 俺はもちろんリムの全てを知っているわけではないけれど、こういう一面があることは想像もしていなかった。『鑑定士』というのは、何かしら後ろめたいことのある人にとっては最凶なジョブなんだな。

 警察に連絡を終え、『催眠術師』の尾行を開始する。

 相手は二十代前半の男性で、大学生くらいに見えた。ぱっと見では特に違和感のないこじゃれた青年で、彼が犯罪者であることはわからない。

 相手の女性もおそらく同年代で、しきりに青年と接触している。彼と腕を組み、胸をこれ見よがしに押し当てているのが少し下品に見えた。あれを、本人の意思とは関係なく強要しているのであれば酷いことだと思う。

 警察が来るには十分程度の時間がかかるらしい。それまでは、見失わないようにこっそり後をつけていく。向こうは自分が尾行されているだなんて思いもよらないのだから、さほど難しいことではなかった。


「……あ」

「どうした?」


 リムがまた不快そうに眉間に皺を寄せる。


「観覧車に連れ込んで、女性に奉仕させる気だ」

「……そういうの、止めてほしいよなぁ」


 こっちはピュアにキスをしようとしていたのだ。それなのに、あまり品のないことはしないでほしい。


「っていうか、外から見られるんじゃないのか?」

「他人に見せつけて楽しむタイプだよ、あれは」

「……要するにゲスってことか」

「そういうこと」

「……けど、まずいな。観覧車に乗せちゃったら、警察が来ても降りてくるまでこっちから手出しはできないぞ」

「……あたしらが止めるしかないかぁ」


 俺たちはただの高校生。犯罪者を止めるなんて専門外。下手に関わって、返り討ちにされる可能性が高い。


「こういうとき、俺がもっと強ければな……」

「嘆いても仕方ないよ。人にはそれぞれ得意不得意があんの」

「そうだけど……」

「できないことより、できることに目を向けな」

「……うん」


 悔しいが、今すぐ強くなれるわけではない。今の俺にできることをやるしかないのだ。


「……とりあえず、素知らぬフリして話しかけて、時間を稼ごうか。警察が来るまで足止めできればあたしたちの勝ち」

「……わかった。やってみよう」


 俺にできることなんて本当にささいなこと。犯罪者を取り締まることなんてできやしない。

 ただ、リムがいると力が湧いてくるのも確か。ほんの数分程度の時間稼ぎくらい、できなくはないはず。

 ……なんて、俺は少しだけ調子に乗っていたのかもしれない。

 そんなつもりはなかったのだけれど、単なる高校生が、犯罪者相手にやりあえるなんて思っているのは思い上がりだったのだろう。

 リムがどれだけ頼もしかろうと、リムだってただの女子高生。ちょっと他の人より多くのものが見えるに過ぎない。

 だから。


「あの、ちょっといいですか?」


 青年に話しかけた直後、俺は意識を失った。

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