第39話 ポロポロ
「左胸が、ない?」
崩玉さんの言葉で、俺は自分の感じていた違和感の正体に気づく。確かに、左右のバランスが崩れているように感じる。服越しであっても、左右の詰まり具合の違いを直感するのだ。
俺が納得していたところで、注文していた肉や野菜が届けられる。店員が出ていったところで、会話を再開。
「うん。そう。私には左胸がない。右の大きさと合わせて、左胸には詰め物してるの。日常生活でも、冒険者としても特に問題はないから、気にしないようにはしてるんだけどね……」
気にしないようにはしているが、全く気にならないわけではないんだろう。寂しげな表情に、女性としてのプライドに傷が付いているのを察した。男で言うと、大事なモノがないというのに近いのだろうか。それは違うか?
「……それは……なんというか、男の俺からは何とも言えないところで……」
「宮本君が無理して何かを言う必要はないよ。左胸を無くすくらい、冒険者が負う傷としては軽いもんだし。もう三年前になるけど、慣れが出てきて、調子乗ってきちゃったときの傷。ある意味、こういう取り返しのつかない傷を負ったことで、私は自分を戒めて、油断せずに冒険できてる。必要な傷だったんだって、理解してる」
「そっか……」
「……ま、もちろんね、この傷のせいで、高校時代には周りから酷いことを言われたこともある。恋愛に一歩踏み出せなかったこともある。……好きな人に裸を見せるのがどうしても嫌で、結局別れちゃったこともある。
だけど、私も少しずつこの傷を受け入れられるようになってる。君たちは何も心配しなくていい」
「折り合いをつけちゃってるところ悪いけど、武ならその傷、綺麗に治せるよ?」
「え?」
リムが淡々と指摘して、崩玉さんが呆けた顔をする。
「武のスキル、かなり特殊だから、その傷なら治せる」
「え? で、でも、この傷、上位の『プリースト』でも治せなかったんだよ? 私の体、魔法耐性が相当強い代わりに、回復魔法とかも効きにくいんだって。怪我としての傷は治せても、乳房の再建はできないって……」
「武のスキルなら問題ないよ。回復魔法とは根本的に発動の仕組みが違ってるし。
傷を治すとか、乳房を元通りにするとかいうんじゃなくて、おっぱいの成長を促進ささせて、乳首をもう一度生やさせるんだよね。一から全部作り直すって言ってもいいのかな」
「欠損部位を再生する、特殊なスキルでも持ってるの?」
「ううん。そんな便利なものじゃないよ。治せるのはおっぱいだけ」
「……んん? それ、いったいどういうスキル? まさか、『おっぱいクリエイター』とか、変なジョブだったりするの?」
「あはは。違うけど、近いものはあるかな。あたしも、初めて知ったときには驚いたもん。武、崩玉さんにジョブとかスキルのことを話してあげてよ」
「お、俺の口からか……。ええと、俺のジョブ、『おっぱい矯正士』って言うんだ。欠損部位の再生とか大それたことはできないけど、胸を大きくして、形を整えて、乳首を生やさせるっていうのは、たぶんできる」
「『おっぱい矯正士』……? そ、そんなはちゃめちゃなジョブが存在するなんて……。確かに、世の中にはもっと奇特なジョブはたくさんある……。宮本君、本当に、私の胸、治せるの?」
「時間はかかると思う。うーん、三ヶ月くらいは見ておいてほしいかな」
「三ヶ月……。それで治るなら十分。今から三ヶ月経ったって、大学生活はまだ三年以上ある。あ、三ヶ月だったら……海にも、行けるかな?」
「うん。七月くらいには、ぎりぎり間に合うと思う」
「本当に? 本当、なのね?」
「うん……。リム、本当、だよな?」
「うん。本当だよ。武ならそれくらいできる」
リムが断言して。
崩玉さんの目から、ポロポロと涙が零れ始める。透明な滴が頬を伝い、テーブルの上に落ちて弾ける。
崩玉さんの心のわだかまりが弾けるような、そんな想像をした。
「わ、私……この胸のことがあるから……この先ずっと、当たり前みたいな恋は、できないんだと思ってて……。私の体を……誰かに見られるのが、辛くて……。修学旅行も行けなくて……。大学の友達とも、泊まりがけの旅行とか、行きたくないって思ってて……。そういうこと、全部、もう考えなくていいってこと……?」
「うん。そういうこと。良かったね。あたしたちに出会えて。……武が、こんなとんでもスキルを手に入れてて」
「……宮本君。お金は、ちゃんと払う。だから……私の胸、治してくれる?」
「お金は……まぁ、後で相談するとして。崩玉さんが望むなら、その胸、治すよ」
「……ありがとう」
崩玉さんの涙はまだまだ止まらない。年上女性の涙なんて、初めて見た。
自分のスキルなんて、本当にしょうもないものだと思っていた。けれど、こんな風に誰かを救うこともできるものなのか。
正直、すごく嬉しい。
俺にも、やれることがあるんだな。
「俺、全力で崩玉さんの胸を治すよ」
「うん……」
崩玉さんがまだ泣きやまぬうちから、リムは肉を焼き始める。もっと空気を読んだ方が良いのでは……? と思うが、これが空気を読んだ結果かもしれない。
自分が泣いているとき、周りに気を使わせるのが嫌だという人だっているだろう。悲しくて泣いているわけではないのだし、当たり前に話を進めるのもいい手なんだろう。
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