第22話 普通よりも
放課後になり、予定通り四人で俺の家に向かうことになった。
茨園さんと一緒に帰ろうとしているのを何人かのクラスメイトが暗い目で見てきたが、いちいち気にしない。
「そういえば、今日はダンジョン探索には行かなくて良かったの?」
道中、隣を歩く茨園さんに尋ねると、彼女は急にそわそわし始めた。
「あ、ええっと、それは、もしかして……本当はわたしと遊びたくなんてなくて、遠回しにダンジョン探索に行けよっていう……」
「違うよ。なんだいその卑屈な発想。俺はただ単純に疑問に思っただけ」
「あ、そ、そっか……」
「……俺も女子文化とか知らないけど、変に裏の意味を持たせて質問とかしないって」
「……そうか。それなら良かった。えっと、知っていると思うけど、冒険者には特定の就業時間なんてない。自分がダンジョン探索したければ行くし、そうじゃなければ行かない。チームを組んでたら話は別だけど、わたしは基本的にソロだから、それだけの話。それに……えっと……」
「うん? どうした?」
茨園さんが言い淀む。言いにくいというか、妙に恥ずかしそうだが……。
「……同級生に、お呼ばれするの、初めてで。ダンジョン探索より、優先したくなった」
「……そっか」
照れ笑いを浮かべる茨園さんを見て、ふと、初めて学校で彼女に会ったときに浮かんだ疑問を思い出した。
『茨園さんは、どうして高校なんかに通おうと思ったのだろう?』
茨園さんは既に日本を代表する凄腕の冒険者で、高校なんて通わなくても十分な収入を稼げる。ネット情報だが、Aランク冒険者の年収は数千万とも、数億とも言われるレベルだ。
だから、本来、茨園さんは高校なんて通う必要はないのだ。国語とか数学とかを学ばなくても、将来お金に困ることなどない。
それでもあえて高校に通おうと思ったのは……ただ、普通の女子高生としての生活をしてみたかったからかもしれない。
学校で授業を受けて、友達と遊んで、くだらないながらも貴重で楽しい思い出をたくさん作る……。
「……正解」
前を行くリムが、チラリとこちらを振り返り、ボソリと呟いた。リムが言うなら、そういうことなんだろう。
「正解って……?」
茨園さんが首を傾げる。
「気にしないでくれ。リムにも、色々と秘匿情報があるんだ」
「そうか……。詮索するべきではないかもしれないが、『読心』の類なのかな」
「詳しくは秘密だ。悪い」
「いや、いい。秘匿情報は下手に漏れると危険だ。『読心』スキルを持つ者が、犯罪集団に拉致されて無理矢理仲間にさせられたという話もある」
「……だよなぁ」
『鑑定』というと、単にアイテムなどの詳細を知るためのスキルだと認識していたが、リムのスキルはそんなレベルでは納まらない。悪用しようと思えばいくらでもできてしまう。下手に情報を漏らしてはいけない。本当に気をつけないとな。
話しているうちに、俺の家に到着。三人を自室に案内する。最近まで全く女っ気のない生活をしていたのに、俺以外に三人の女子がこの部屋に集まるとは……。
「わたしの部屋とは違う匂い……。これが他人の部屋の匂いか……」
茨園さんが呟いて、すかさずリムが言う。
「どう? イカ臭いでしょ?」
そのセリフ、毎回言わないといけないのか?
「え? あ、えっと、そ、そういう匂いは、しない……よ。た、単純に、人間の男の、匂いがするくらい、で……」
「人間の男の匂い……? 茨園さんってそんなのわかるの?」
「ぼ、冒険者は、匂いに敏感、なんだ。異臭は、危険を知らせてくれる……。人間の匂いは……少し、安心する……」
「そっかぁ。そいや、匂いフェチの武が、茨園さんは無臭だって言ってたね」
「おい、それを本人に言うなよ」
「……匂いフェチ? ってどういう意味?」
双山さんの疑問はさておき、茨園さんは顔を赤くして、視線をさまよわせる。
「あ、その……無臭っていうのは……冒険者、として、できるだけ、匂いを消してる、から……。モンスターに、存在を、気づかれない、ように……」
そんな姿を見て、リムが呆れながら言う。
「あのねぇ、茨園さん。別に恥ずかしがる必要ないよ。職業柄仕方ないことじゃん。冒険者が匂いを消すなんて普通のことだし。それに……実のところ、『女の子ってどうしていつもいい匂いがするんだろう? わたし、そんな匂いしないけど……?』とか普段思ってても、気にすることないって。男家族の中で育ったらそんなもんでしょ」
指摘されて、茨園さんがさらに顔を赤くする。
「あ、や、その……うん、そんなことも、思ってないことも、ないんだけど……」
「女の子のいい匂いって、体から自然に滲み出るわけじゃないよ。シャンプーとか香水とか化粧水とか乳液とか化粧品とか、色々なやつの影響。
茨園さんは、ジョブの影響でスキンケアとかなんにもしなくてもお肌つやつやで、化粧も必要ないから、無臭に拍車かかるのも当然。気になるなら色々教えるよ」
「あ、その……あり、がとう……。助かる……」
「ん。明日、暇? あたしとまどかは一緒に買い物行くけど、着いてくる?」
「え? いい……の?」
「当たり前でしょ。こっちから誘ってんだから」
「で、でも……『体裁を良いくするために仕方なく誘ったけど、実は来てほしくなかった』み、みたいな……」
「……暗っ。あたしをなんだと思ってんの? あんたが昔見てきたくだらない女子連中と一緒にしないでよね」
「ご、ごめん……」
「じゃ、あんたも明日は一緒に行くってことで」
「う、ん……」
茨園さんが両手で口元を押さえる。そして、赤い顔で幸せそうな笑顔を作る。
友達に誘われただけで、そんな笑顔を見せられるんだな。普通の女の子と思ったのは、ちょっと撤回だ。茨園さんは、普通の女の子よりも純粋で、清い心を持っている。
「……さ、せっかく集まったんだし、遊びましょ」
リムの合図で、俺も気持ちを切り替える。
この純粋すぎる女の子に、遊びの楽しさを教えてやろう。
とか上から目線で言って……彼女の期待外れにならならなければいいが。
「あの……ところで、匂いフェチって、どういう意味?」
双山さんの問いかけに、俺は思わず笑ってしまうのだった。
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