第7話 大きくなくても

「あーあ。早く大きくならないかなぁ」


 時刻としては午後七時手前。カラオケ店を後にして、俺たちは相変わらず手を繋いで歩く。うーん、屋外で手を繋いで歩くなんて、非常に嬉し恥ずかしなイベントだ。とても心地よいが、周りの視線も気になる。

 けど……リムの手は小さくて柔らかくて温かくて、ずっと握っていたいと感じる。

 なお、カラオケ代は本当にリムが払った。リムは『鑑定』スキルを使ってバイトをしているらしく、ほぼ濡れ手で粟状態でお金が入ってくるのだとか。無駄遣いをするつもりはないけれど、自分が無理に誘ったときくらいは全部自分が出す、と言い張って聞かなかった。

 さておき。


「別に焦らなくてもいいじゃないか。そもそも、俺は別に胸の大きさはそのままでもいいとさえ思うよ?」

「はぁー? ふざけないでよ。どうせ、男の子なんておっきなおっぱいが大好きなんでしょ?」

「……道ばたで、お、おっぱ……とか堂々と言うなよ」

「おっぱいなんてありふれてるじゃない。世界の半分の人間にくっついてるの。それが破廉恥だとでも言うの?」

「そうじゃないけど……。と、とにかく、俺は大きければいいとか、思ってないから」

「ふん。どうだか。あたしのが大きくなったら、今よりもっと魅力的に感じるんじゃないの?」

「どうかな。大きさは関係ないと思うけど」

「……そういうことにしておくわ。でも、武はわかってない。おっぱいが小さいって言うだけで、どれだけ惨めな思いをすることになるのか。男子からはすごく残念なものを見るような視線を向けられるし、女子からは憐れみの視線を向けられるし。

 男子はずるいわ。大きいか小さいかなんて、服の上からじゃわからないものね。あたしたちは……あきらかに違いがわかるところにある。こんなの不公平。あんたたちも大きさがわかる服装にしなさいよ。見比べてあざ笑ってやるから」

「お、おい……。それは嫌だぞ」


 大きさがわかる服装ということは、色々とタイトなズボンということになるのだろう。うん、非常に気持ち悪い。


「ふーんだ。見比べられてヘコむような代物なわけ? ……け、結構大きかった気がするけど」

「問題はそこじゃねぇ! ってか、そこで照れるなよ! こっちも恥ずかしいだろ!」

「しょうがないでしょ! あたしだって未経験なんだから!」

「だから路上でそういうこと言うなって!」

「あんたが言わせてるんでしょうが!」


 グルル、と唸り声さえ上げそうなリム。

 険しい顔をしているけれど……すごく、可愛いな。

 というか、こんなやりとり、めちゃくちゃ楽しいな。

 ……俺、リムのこと、普通に好きになったかも。

 だけどまだ、その気持ちを言葉にして伝えるのは時期尚早と感じて。


「……ええっと、とにかくさ、お、おっぱいが小さいってだけで辛い思いを強いられる世界なんて間違ってる。おっぱいは、小さくても大きくても、それはそれは素晴らしいものだ。どれが至高だなんてことはない。どれも美しくて尊い。本当に本当に、綺麗だと思う。これは俺の本心だ。

 だから、リムも変にコンプレックスなんて持たないで、自分のスタイルはこうだって、堂々としてればいい。

 大きさが云々じゃなくて……ただ自分を受け入れて、背筋を伸ばして立っているだけで、その人は見とれてしまうほどに輝く。

 俺は、そう信じているよ」


 はっきりと、しっかりと、リムに言葉を届ける。

 本当につまらないことで辛い思いをしてきただろう、リム。胸のサイズなんて無関係にこの上なく魅力的な女の子である、リム。

 俺の言葉なんかじゃ、大して勇気づけることもできないだろうけれど。

 少しでも、背負ってしまっている見えない何かを、下ろしてくれればいいと思う。

 リムはしばし俺を見つめて、それから視線を逸らして俯き、ぶっきらぼうに呟く。


「そんなこと言ってくれるの、武だけだから」

「そうかな……」

「本当に武だけだから! あんたは……! あたしの、特別なの……っ」


 ぷいっとそっぽ向いて、リムは俺の手を引いて歩き出す。何の約束もしていないけれど、俺はリムを家まで送り届けることになったらしい。

 それは、全然構わない。むしろ、リムが促さなければ俺から提案していたところ。

 その可愛らしい背中を追いかけて、もしかしたら、今日が人生で一番幸せな日かもしれない、なんて思っていた。

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