第8話 璃夢
side 璃夢
恋を、した。
たぶん、そうなんだと思う。
相手は、今日出会ったばかりの男の子。
一目惚れなんかじゃない。初対面では、ただの平凡な男の子だと思った。あたしの高校生活にほとんど関わることのない、背景の一部として認識されるような男の子だと思った。
でも、いつものようにステータスを覗き見て、興味を持った。
ジョブ、『おっぱい矯正士』。スキル、『おっぱい矯正』。
スキルでたくさんの人のステータスを見てきたけれど、こんな珍妙なジョブとスキルは初めて見た。有用であることはもちろんわかったし、レアスキルなのも間違いない。
確かに、世の中には性的なジョブやスキルを持つ人はいる。『性なる癒し手』とか、『ゴッドフィンガー』とか。
そういう人に若干興味を引かれるものはありつつも、あえて仲良くなろうとは思わない。性的な能力が突出しているからって、人として魅力がなければ深い仲にはなりたくない。
その点……武は、人として、魅力的な人だと思った。
あたしのスキルなら、その人の過去だって覗き見ることができる。『鑑定』の派生で生まれた、『深淵の覗き見』というスキルの効果。その人の歴史年表のようなものが表示できて、その人の人生で何が起きたか確認できる。
本人でさえもあまり覚えていないような出来事さえ、あたしは知ることができる。小学生の夏休み、空に浮かんだ雲が猫のように見えて面白かったとか、そんな些細なことさえ、わかってしまう。
ただ、そんな細かな歴史の全てを逐一見ていったら、それだけであたしの人生が終わってしまう。
だから、武の『歴史年表』で覗いたのは、武の中でも大きなイベントだけ。
その最初が、ダンジョンができた頃のスタンピード事件。
世界にモンスターが溢れかえって、多くの死傷者を出した。まだまだモンスターへの対策が確立されておらず、そのせいで犠牲者も増えた。
あたしはわけもわからず怯えていた。
だというのに、同じ年齢で、武は自分の無力を嘆いていた。
自分の命を捧げることで皆が助かるなら、それでもいいなんてことも思っていた。
まだ、世界の道理も何もわかっていない時分のこと。武の根本的な性質が、光を纏うほどに優しいのだと知った。
それ以外でも、武は色んな場面でひっそりと泣いていた。
小学五年生の頃、クラスでいじめられている子を助けた。しかし、今度は武自身がいじめられる立場になってしまった。しかも、そのいじめる側に、助けた相手も含まれてた。
中学一年生の頃、友達の一人が冒険者になった。親の許可があれば中学生から冒険者になれるとはいえ、年齢としてはとても若い。武は彼を応援していて、羨ましくも思っていた。
だけど、その友達は冒険者になってからたった一ヶ月で帰らぬ人になった。このことに対して、武に落ち度はない。その友達が冒険者になったきっかけは姉をモンスターに奪われたことであって、武が止めても応援しても、その友達が冒険者になったのには変わりない。それでも、武は自分の無力さを嘆き、彼を止められなかったことを気に病んだ。
中学二年生の頃、武は自殺志願者の自称女の子とネットで知り合った。やり取りはメッセージだけで行っていたが、武は、必死にその子を励ましていた。
自分と関わった相手が死んでいくのはどうにかして避けたい。武は頑張って励まし続けたのだけれど、彼女は事故で亡くなってしまった。
これについても、武は何も悪くない。彼女が亡くなった後、母親が引き継いで連絡をしてくれたところによると、武が熱心に励ました結果、彼女は次第に元気を取り戻し、希望を見いだしたという。
その矢先、久々に家の外に出て散歩をしていたところ、不幸にも車に轢かれたそうだ。
もしかしたら、これは単なる作り話かもしれない。相手の顔も名前もわからないから、なんとも言えない。
ただ、武は自分のしたことが正しかったのか、ひどく悩み続けたのは事実だ。余計なことをしなければ、もしかしたら彼女はまだ生きていたのかもしれない、と。
中学三年生の頃、武はとある冒険者の遺族と接する機会があった。悲しみに暮れる遺族を励ましてあげたいと願ったけれど、『お前に何がわかる!?』と切り捨てられ、何も言えなくなった。
武は、自分にできることはなんなのか、ずっと悩み続けていた。スタンビードのときの悔しさきっかけにしてか、誰かを助けたり、励ましたりすることをよく考えていた。
だけど、たくさん頑張っても、結局誰かを救えたことはない。
自分の無力さにうちひしがれて、何も手につかないこともあった。だけど、そんな思いをしながらも、やっぱり自分にできることを探そうと踠いていた。
武のそんなストーリーに、惹かれてしまった。
つい最近では、冒険者としてもろくに才能がないとヘコんで、武は落ち込んでいた。春休みはだいぶ腐って、漫画とアニメに没頭していたらしい。でも、高校入学を機に気持ちも切り替わり、今では普段通り。これからもまた、何かできることを探すんだろう。
その光景を、あたしは隣で見ていたくなった。
そして、その適性を、あたしは見いだすこともできていた。
武はピンと来ていないけれど、『おっぱい矯正』は、あたしを含めて多くの女性を救うスキルだ。単純に、おっぱいのことで悩む女性は少なくないから、それを解決してあげられる。その上、『おっぱい矯正』には隠れ効果もまだまだあると予想される。
実のところ、ある程度の隠れ効果については事前にわかっていた。『鑑定』で看破していたから。
スキル発動中に相手を気持ちよくしてしまうというだけではない。相手の体調を整える効果もあるし、ステータスを若干向上させる効果もある。
今のところはそれくらいだが、これからスキルのレベルが上がればもっと多数の隠れ効果を発揮するに違いない。
どんな効果があるかはまだ予想しきれないけれど、有用な効果に違いない。その効果を求めて、女性たちが殺到しかねないとも思う。
「……あたしが独り占めしていい相手じゃないよね」
自室の机に突っ伏して、独りごちる。
武のスキルは、あたしのだけのために使うにはもったいない。もっとたくさんの人に享受してもらうべきものだ。
恋をして、独り占めしたい気持ちは山々だけれど、それは皆のためにも、武のためにもならない。
「……でも、仕上げをしていいのは、あたしだけだから」
あんなスキルだから、武も溜まるものがあるだろう。それを発散させるのはあたしの役目。他の女性との接触は禁止しないけれど、一線は守ってもらう。
「……婚約したんだから、これくらいは聞いてもらうからね」
無理矢理の婚約で、自分でもやりすぎたかもしれないと反省はする。
勢いでやってしまったことだとしても、後悔はしていない。あたしは……武のことを、好きになった。
「……でも、あたしも頑張らないと。武が他の女に目移りしないようにね」
自分の胸をペタペタと触ってみる。服の上からじゃ、変化はまだよくわからない。でも、直に触ってみると、確かにほんのりと膨らみを増しているのがわかる。これからも続けていけば、一ヶ月以内には理想の大きさに膨らんでくれるだろう。
これでもう、余計なコンプレックスに苛まれることもない。
「……けど、なんかそれもどうでもいいような気がしてるかも」
おっぱいの大きさなんて関係なくて、ただ自分を受け入れて、背筋を伸ばして立っているだけでいい。
武は本心からそう言った。『鑑定』の派生、『見えすぎる観察眼』で確認したから間違いない。
「……そう、なのかな」
突っ伏していた体を起こして、さらには椅子からも立ち上がって、姿見の前に立つ。
ブレザーの胸の部分はストンと落ちてしまっている。でも、背筋をピンと伸ばして、しっかりと立つ。胸を張る。
「……ただこれだけで、いいのかな」
以前は鏡を見るのが少し嫌だったけれど、今はあまり抵抗がない。
「……ま、矯正は続けてもらうけど。……満足のいく大きさになっても、続けてもらうけど」
だって、ねぇ?
あれ、気持ちいいんだもの。
次の矯正を想像して、また少し高揚してしまった。
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