スキル『おっぱい矯正』ってどういうこと!? こんなスキルを使う機会なんて……意外とある? 本当に……?

春一

第1話 おっぱい矯正士

 ジョブ:おっぱい矯正士

 スキル:おっぱい矯正


 ステータスに表示されたその二つの文言に、俺はただただ目を丸くするばかりだった。


「……は?」


 中学を卒業し、俺はようやく親の許可なしでもステータスの『開眼』及び『冒険者登録』ができるようになった。

 卒業式の翌朝、俺は市役所の冒険者ギルド課にやってきた。期待に胸を膨らませながら冒険者として『開眼』し、ステータスを確認したのだが、その中身は実に意外なものだった。


「……なんなんだ、これ……」


 突如として地球にダンジョンが現れてから、もう十年以上が経っている。その間に様々なジョブやスキルが発見されていて、中には冒険とは無関係のものも多数あると判明している。しかし、『おっぱい矯正士』なんて見るのは初めてだ。図鑑のどこを探しても見つからないだろう。


「どうされました?」


 俺の『開眼』を担当してくれた、女性職員の大輪穂波おおわほなみさんが心配そうに尋ねてくる。

 人生一発逆転を狙い冒険者として『開眼』する者は無数にいる。しかし、期待通りのジョブやスキルを得られずに絶望することがほとんどなのだとか。俺もそのうちの一人と思われたのだろう。俺の場合は……絶望というか、困惑なのだが。


「あ、えっと……その……」

「事前にご説明した通り、私へのステータス開示は義務になります。拝見させていただけますか?」

「あ、いえ、その……でも……」


 こんな破廉恥なジョブとスキル、女性の職員に見せてもいいのだろうか? まぁ、俺みたいな童貞野郎とは違い、相手はもう大人なのだということは理解している。これくらいのことで取り乱すことはないのかもしれない。

 ただ、大輪さんは見た目が幼い。身長は百五十もないくらいで、童顔だし、やや自信なさげなところもある。ロングの黒髪を後ろで一つに結んでいるところや化粧をしているところは大人っぽい印象があり、ほのかに香水の香りも漂ってくるのだが、背伸びして大人らしさを演出している年下の女子という印象もなくはない。

 庇護欲さえも刺激してくる女性に、このスタータスを見せても良いものか……。

 俺がなおもためらっていると、大輪さんが何かを数秒間迷う。俺と大輪さん以外は誰もいない個室なのに、誰かに聞かれていないか、周囲をうかがうようなそぶり。

 それから、ようやく大輪さんが口を開く。


「……初めてステータスをご覧になって、期待通りの結果が得られないことはよくあります。でも、安心してください。冒険者としての能力や成功と、人生の成功や幸せは別物です。ダンジョン探索で活躍せずとも、それぞれの幸せを手にしている方たちはたくさんいらっしゃいます。だから、気を落とさないでください」


 ……なぜだろう。その言葉で、急に体が軽くなった気がする。

 戸惑っていたのも消えて、俺は大輪さんにステータスを開示することにした。


「その……期待通りではなかったんですけど、変わったやつで……」


 俺は、ステータスの浮かび上がった『ステータスカード』というものを大輪さんに提示する。

 ちなみに、『開眼』自体については、ダンジョン産の『目覚めの石』というアイテムを手に持ち、『ステータスオープン』と唱えればよい。そうすると自分だけに見えるステータスが目の前に浮かび上がる。ただ、『ステータスカード』を使えば、他人にも見える形でステータスが表示される。見た目は八インチのタブレットのようなもので、俗にはステータスタブレットと呼ばれることもある。

 さておき、俺のステータスを見た大輪さんは、数秒きょとんとし、それからさっと顔を赤くした。


「あ、へ? あ、ああ……なんと言いますか……珍しい、ジョブとスキルです、ね……」

「ですよね……。図鑑にも載ってないです」

「ああ、それはそうですね……。でも、実のところ、図鑑に載っているのは、一般に公表できるものだけなんです。職員をやっていると、もっと色んなジョブやスキルを拝見する機会があります。口外はしないでほしいのですが、ジョブ『男根の化身』、スキル『無限の精力』という方もいらっしゃいました……。あ、これは、本当に口外しないでくださいね。私から漏れたとわかると、秘密保持の関係で、私がクビになってしまいますから……」

「い、言いませんけど、そんなやつもあるんですね……」

「はい。本当に様々なジョブ、スキルが存在します。性的なものもありますし、犯罪に有効なものもあります。その全てを公表すると様々な問題が起きることが予想されるため、一部の情報が非公開になっています」

「なるほど……」

「……なんと言いますか、特殊なジョブがあるなかでは、宮本君のものはとても健全だと思います。図鑑への掲載は避けますが、たくさんの女性を救う可能性のある、良いジョブとスキルだと思いますよ」

「そうですかね……。こんなの、持ってるだけでも白い目で見られそうですが……」

「宮本君の年頃だとそうかもしれません。でも、もう少し年を取れば……きっと見方も変わるでしょう。現に……いえ、あまり私見を述べるのは控えましょう」


 大輪さんの視線が、一瞬自分の胸元に落とされる。

 体格と同じく、若干控えめというか慎ましい、その胸元。

 俺のスキルに、何かを期待することもあるのだろうか。


「とにかく、宮本君は良いものを授かったと思います。冒険者として活躍することは難しい面もあるかと思いますが、そのジョブとスキルの使いどころをしっかりと見極め、良い生活を送ってください」

「……わかりました。っていうか、やっぱり、冒険者は無理ですよね」

「はっきりと申し上げます。冒険者はやめてください。死にます。冒険者に憧れて、不向きなジョブでダンジョンに潜る方もいらっしゃいますが、そのほとんどが三ヶ月以内に死亡します。宮本君には、ご両親もお友達もいらっしゃるでしょう? 大切な人たちを泣かせてはいけません」

「……はい」

「冒険者はやらない。約束ですよ?」

「わかりました」

「本当に約束ですよ? ……こんなこと、初対面で、しかもまだ中学を卒業したばかりの宮本君に言うのもなんですが、『開眼』を担当した方が亡くなったという知らせを受けるのは、本当に辛いんです。特に、それがまだ子供だった場合には……」


 大輪さんの表情が、隠しようもない悲痛に歪む。

 俺はまだ子供のノリでここまで来たが、大輪さんは職員としてたくさんの辛い経験をしてきたのだろう。

 俺だって死にたくはないし、おとなしく忠告に従っておくべきだ。


「……俺は、大輪さんを悲しませるようなことはしませんよ。これからは普通に高校生活を送って、気が向いたらまた大輪さんに会いに来て、元気な姿を見せます。安心してください」

「はい。お願いします。切に」


 ここで話が一段落し、『開眼』した後の注意事項について改めて説明を受ける。

 俺の場合は今までとさほど変わらない生活をするだけだが、もっと戦闘寄りのジョブを身につけた者は、その力を日常生活で行使すると犯罪になる可能性があるので注意。また、これは少年法の適用外だ、云々。


「それでは、お気をつけて」

「はい。ありがとうございました」


 大輪さんに見送られて市役所を出る。

 期待通りの結果にはならなかったが、ある意味正解なのかもしれない。俺は戦うのに向いている性格ではないし、命の危険に身を晒し続ける度胸もない。

 同級生が、冒険者として活躍しているのを見守っているだけなのは正直悔しい。けれど、俺は俺の人生を生きていこう。

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