第2話 平良璃夢

 一流の冒険者として大活躍し、女の子にモッテモテ、お金も吐いて捨てるほどに手に入れる。

 そんな生活に希望を持っていたのも、ほんの二週間ほど前のこと。

 俺は今までと大差なく、至極一般的な男子高校生としての生活をスタートさせる。


「はぁ……。ま、これが分相応ってことだよな」


 入学式も終わり、教室の片隅で、俺は誰にも聞こえないように独りごちる。

 二週間前の俺の計画では、春休みの間に冒険者としての実力を伸ばし、期待のルーキーとして噂されるはずだった。しかし、ダンジョン探索に不向きなジョブを得た俺は、春休みを家でゴロゴロして過ごし、なんの実りもなく時間を浪費した。

 俺としては、軽く罪悪感さえ覚えるような過ごし方。ただ、俺が『開眼』してきたことを知った両親は、俺のこんな自堕落な生活にどこか安堵を滲ませていた。どんなジョブだったとかまでは訊いてこなかったのだけれど、『学生』とか『一般市民』とか『普通の人』とかだったのだろう、と考えているはずだ。

 ちなみに、父は『開眼』していて、今のジョブは『会社員』なのだとか。そのまんまじゃねーか、と突っ込みをいれたいところだが、誰をどつけばいいのかわからない。

 ちなみのちなみに、俺にはキョウダイがいない。一人っ子ゆえ、両親としては俺が危険を冒すことには一層の抵抗があっただろうな。残念な気持ちは拭えないが、俺の人生はこれで良かったのだと思う。

 目立った浮き沈みはなく、可もなく不可もない、平穏な人生。あえて自ら厄介ごとに首を突っ込んでも、良い結果になった試しもないのだし、平凡な俺にはちょうどいいじゃないか。

 さぁ、気持ちを切り替えていこう。

 そう決意したところで。


「『……矯正士』……?」


 かすかに。本当にかすかにだけれど、俺のジョブの名称が、右隣の席の女子から発せられた。

 びっくりしてそちらを向く。すると、その女子はあわあわと両手で口を塞いだ。

 この子は……誰だったろうか。掲示された座席表でチラッと名前を見たようにも思う。が、思い出せない。ただ、改めて見ると、とても可愛い子だった。

 緩く外に跳ねたボブカットの黒髪に、大きな猫目。平均よりもやや低いくらいの身長だけれど、手足はスラリと伸びている。ただ、強いて言えば胸部の膨らみは……よく言えば、慎ましい。悪く言えば……いや、止めておこう。制服のベージュのブレザーがよく似合い、思わず息を飲んでしまった。


「えっと……今……」

「な、何にも言ってないよ? 空耳じゃない!?」

「……そんなあからさまに動揺して、空耳って主張するのは無理があるかと……」

「ち、違う、あたしは何にも言ってない! ね、そうでしょ? ね? ね?」


 ひどく焦った様子で念押ししてくる。

 俺だってもうジョブとスキルがあって当たり前の世界に慣れているから、彼女の必死さも理解できる。

 おそらく、彼女は他人のステータスを覗き見るスキルを持っている。相手の許可を取らずにそのステータスを覗き見ることは、今では軽犯罪として認知されている。俺が訴えれば、彼女は非常にまずい立場になってしまう。

 ただ、軽犯罪扱いだとは言え、全ての国民のスキル発動を管理するのは不可能。勝手に覗き見てはいけないが、誰にもバレなければ咎められることはない。スキルを使っていることを誰にも言わず、こっそり覗くくらいなら容認するしかない、というのが暗黙の了解だ。

 だから、彼女としても自分がスキルを行使したことは、本来ならばバレないようにすべき。それなのに、覗き見た俺のスキルが意外過ぎて、思わず口にしてしまったのだろう。


「……わかったよ。君は何も言ってない。俺の空耳だ」


 訴えれば勝てる。だとしても、ここは見て見ぬふりをすることに決めた。誰もがこっそりスキルを使っているような世界で、この程度のことをいちいち咎めていたらやっていられない。

 彼女としても、秘密を知って俺を陥れようとはしないだろう。そんなことをすれば、どうしてスキルを知っているのかという話になり、彼女自身の立場も危うい。

 俺のジョブを知られたことには、問題もある。きっと、彼女は俺を変態だと思って近づかなくなるのだろう。しばらくは隣の席なので困ることもあるだろうが、元々こんな可愛い女子とお近づきになれる希望なんて持っていない。要は、知られたからといって何の変化もないということだ。

 ……言っていて悲しくなるけどな。

 そこで、彼女との会話は終了。今後、もう話をすることもないのだろう。

 そう思ったのだが。

 放課後になり、なんとなーく話をするようになった前席の男子と下校しようかというときになって、右隣の彼女が話しかけてきた。

 なお、自己紹介で名前が判明していて、平良璃夢たいらりむさんという。


「あのさ……宮本君、ちょっと話、できないかな?」

「え? 俺と……?」


 前席の真鍋藤吾 まなべとうごが、意味深な視線を残して去っていく。ああ、せっかく友達になれるかと思ったのに……。

 どうせ俺を非難するに違いない女子より、今後も長い付き合いを見込める男友達の方が大事だと思った。しかし、平良さんは俺を逃がすつもりはないらしい。


「お願い。お互いのためにも、ね?」

「……わかったよ」


 確かに、なんとなくうやむやにするより、きちんと話し合った方がいいようにも思う。どこかにちょこっと呼び出されて、秘密協定を結んで、それで終わり。金輪際関わらないで、と絶縁宣言されるのだ。


「ありがと。それじゃ、ここじゃなんだし、一緒に帰ろっか?」

「へ? ああ……え? そうなるの?」

「うん? 何でそんな意外そうにしてるの? あたし、何か変なこと言ってる?」

「……言ってないかも」

「なら、行こうよ。早くっ」

「あ、ああ」


 平良さんに促されて、俺は教室を後にする。それからさらに学校の外に出て。


「宮本君、家は白三丘駅の近くだよね?」

「……そうだけど、なんでそこまで知ってるの?」

「そういうスキルだから。あたしは隣の白二丘駅の近く。電車の方向、一緒だね」

「……みたいだね」

「じゃ、まずは白二丘駅まで行こう」

「うん……? 平良さんの最寄り? 俺をどにに連れて行くつもり?」

「白二丘駅の近く、カラオケがあるんだ。そこに行こうよ」

「……え? カラオケに行くの?」

「その方がゆっくり話せるでしょ?」

「はぁ」


 平良さんは俺をどうしたいのだろう? キモいスキル持ちで避けたい相手ならば、俺とカラオケになんて入らないはず。短時間話して、それで関係が終了するんじゃなかったのだろうか。俺の見当違い?

 困惑したまま、平良とともに件のカラオケ店に入る。学校帰りにカラオケなんて……。中学時代にはまずなかったことだ。緊張してしまう。

 一方、平良さんは慣れた様子で店員と話し、早速部屋を確保してしまった。


「あ、お金は気にしないで。あたしが誘っちゃったし、あたしが出すから」

「え? でも、そんなの悪いよ」

「いいからいいから。さ、こっち」


 案内されて、俺はカラオケの一室に入る。……あれ? これ、女子高生と二人きりで密室に入るって状況じゃない? こんなことあったらいいな、がいきなり現実になってない? 俺の人生、どうした?

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