第11話 複雑


「え、っと……」


 俺としては、喜んで! と両手を上げて承諾したいところ。しかし、スキルを行使するということは、すなわち、双山さんのおっぱいを直に揉みほぐすということ。

 俺とリムがどういう関係なのか、まだあやふやなところはある。リムはしきりに俺を婚約者と呼ぶし、学校ではカップル認定されていて、対外的にはカップルとして振る舞っている。でも、二人きりのときにリムが俺を彼氏とか恋人と呼んだことはない。家に来たときも、キスやらなにやらをしたことはない。

 友達以上、恋人未満。そんなあやふやな関係を保っていて、それが心地よくもあるから、必要以上に距離は詰めないようにしている。出会ってまだ一週間だし、焦る必要もない。

 そんな状況だが、リムは、俺が他の女子とあまり親しげにするのはあまり好まない。だから、双山さんの頼みを聞くことも、リムは嫌がると思ったのだが……。


「いいんじゃない? かーわいい女の子からの頼みなんだから、聞いてあげなさいよ」

「え? いいの?」

「……仕方ないじゃない。武はそういうスキルの持ち主なんだから。有効活用するのが世のためでしょ。思うところはあるけど、武の活躍の場を奪うわけにはいかないしさ」


 リムは笑顔だが、作っているのがわかる。色々葛藤はあるらしい。

 葛藤があるってことは、俺のことを、恋愛的な意味でも意識してくれているということなんだろうな。俺に関わることで女の子が嫉妬を滲ませることがあるとは……。そう思うと、ふつふつと温かい気持ちが沸いてくる。


「な、何よ! 何笑ってんの!?」

「あ、いや、なんでもないよ」

「なんでもなくない顔して! この! 武のくせに!」


 リムが俺の肩をペシン。痛くない。可愛い。


「えっとー……仲がいいんだね。もしかして、中学の時から付き合ってるの?」

「違うわよ。まだ付き合って一週間」

「え? 一週間? っていうか、一週間……? それ、入学初日くらいから付き合ってるってこと?」

「そういうこと。ま、運命ってやつかしら?」

「わぁ……素敵。高校に入ってすぐにお互いに惹かれ合う……。本当に運命だね?」

「そ、そう、ね。うん……。そんな素直に受け止められると、恥ずかしいけど……」

 

 リムが頬を紅潮させる。冗談のノリだったのだが、双山さんには通用しなかったな。


「あたしの彼氏、貸してあげてもいいけど、武のスキルは魔法をかけるみたいな発動の仕方じゃないわ」

「ああ、そうなの? じゃあ、どうやって……あ、まさか」

「そのまさか、よ。武が、直におっぱいを揉みまくるの」

「え、ええ!? も、揉みまくる……?」


 双山さんの顔が瞬時に真っ赤に染まる。そして、俺とリムの顔を見比べる。


「じゃ、じゃあ、じゃあ……リムさんは、宮本君に……?」

「もう三回くらいはしこたま揉まれたわ。ま、最初は恥ずかしいけど、だんだんそういうのも感じなくなるから。……そんな余裕なくなるっていうか」

「余裕がなくなる……?」

「ああ、なんでもない。とにかく、武に体を許すつもりがあるなら、その悩みのおっぱいは小さくできるわ。ただし、スキルは一回だけじゃ足りなくて、一ヶ月くらい、何度も揉んでもらう必要があるの。それでもいいなら、武に頼むといいわ」

「そ、それは……」


 双山さんが、赤面した顔で俺をチラチラ見てくる。俺が女だったら、胸の悩みが解消できるかもしれないとはいえ、よく知りもしない男子に胸を揉まれるなんて嫌だろう。

 双山さんはウブな感じがあるし、俺に頼むなんてことは……。


「で、でも、私、やっぱりこの胸は小さくしたいの! 体育とか、水泳とか、ラインが出ちゃう服装の時は本当に気分が最悪だし、可愛い下着もなかなかないし、胸目当てで近寄ってくる男子は正直気持ち悪いし、胸の大きさで毎日悩み続けるのもうんざりしてるし! 一ヶ月……宮本君に揉まれるだけで、もう悩みが解決するんだったら、私、平気だから! だから、お願い! 宮本君、私を、助けて!」


 内気そうな双山さんの、必死の訴え。

 俺には想像できないくらい、双山さんは悩み続けてきたんだな。俺が直接的に双山さんを追い込んだわけではないにしても、男として、双山さんを苦しめてしまったことを申し訳なく思う。


「わ、わかった。俺のスキルで、なんとかするよ」

「本当!? ありがとう……。宮本君、私にできることなら、お礼はなんだってするよ!」

「な、なんでも……?」


 男子高校生が言われてみたいセリフの上位にくること間違いない、この言葉。

 瞬時に妄想が駆けめぐり、あはーん、うふーんなイメージが浮かぶが。


「痛っ」


 リムに踵で足を踏まれて我に帰った。リム、違うんだ、これは、その、リムのことをないがしろにしているわけじゃなくて、男のサガがそうさせるだけのことで……。


「お黙り」

「……何も言ってない」

「ふん。言わなくてもわかるっての。まどか、男の子に気安く『なんでもする』とか言っちゃダメよ。どうせエロいことしか考えないんだから」

「え? あ……そ、そうだね。ごめん。そういうつもりじゃなかったんだけど……」

「わかってるよ。俺だってそんな要求はしない」

「ありがとう。でも、何かお礼はさせて。できることなんて、本当にささやかだけど……」

「俺にできることだって、ささやかなものだよ。スキルの力に頼って、胸のサイズを調整するだけなんだから」

「……たったそれだけのことが、スキルを使わないと本当に難しいんだよ」

「確かに、そうかもな」


 科学は発展していくけれど、簡単な方法で胸の大きさを自在に操る技術はまだできていない。ちゃんとした手術などをすればある程度はできるだろうが、高校生には手が出せない。


「んじゃ、話は付いたし、まどか、放課後に武の家に行きましょ。いい?」

「うん。わかった。お願い」

「あ、連絡先交換しておこ」


 リムと双山さんだけで交換すればいいかなとも思ったが、俺も交えて三人で連絡先を交換した。

 それからは教室に戻り、双山さんは別クラスなので別れる。


「また、放課後に」


 幾分か表情の明るくなった双山さんが、俺たちに手を振る。うん。可愛い。


「痛っ」


 今度は尻をつねられた。女の子なんだから、男の尻をためらいなくつねるなんて控えてほしいもだね。


「……武はあたしのだから」


 拗ねたように、リムがぼそりと呟く。

 それがおかしくて、双山さんより百倍くらいは可愛くて、口元が緩むのを抑えられなかった。


「……その笑顔なんかむかつく。でも……こっちも悪いと思ってるよ。暴力女でごめんね。なんというか、色々複雑なの」

「ん? 俺は何も悪いとは思ってないよ? リムって何か変なことしてる?」

「……さぁね。武が気にしてないなら、別にいい」


 リムがちょんと俺の手を握ってくる。なんだか微笑ましくて、俺の方からその手をちゃんと握り返す。

 リムが少し赤い顔で俯くのが、やはりとても可愛らしかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る