第12話 閑話休題的な

 藤吾と富良野さんからは、どんな用件だったかを一度だけ問われた。しかし、双山さんのプライベートに関わることだからということで内密にした。二人もそれで納得してくれた。

 また、昼休みの残り時間で昼食を摂っている際、藤吾が尋ねてくる。


「武って、『開眼』はやったのか?」

「え? あ、ああ……一応」


 やってないと答えても良かったが、だったら一緒に『開眼』しに行こうぜ、などという流れになっても困る。藤吾は『槍使い』で、パーティメンバーを探しているのだろうと察する。


「俺、『槍使い』だったんだ。中学卒業してからようやく自分で勝手に『開眼』できるようになってさ、それで早速行ってみたの。できればもっと上級職だったらよかったんだけど、微妙なジョブだった」

「ああ、さっき富良野さんと話してたな。でも、いいんじゃないか? 下手に上級職のジョブを手に入れて、調子乗って分不相応のダンジョンに潜って、速攻で死んじゃうとかもあるあるだしさ」


 あの時のことを思い出すと、今でも胸が軋んで痛み出す。

 金本良二。中学時代の俺の友達で、冒険者になって一ヶ月で死んでしまった少年。俺に明確な落ち度はなかったとしても、上級職を得て調子に乗っているあいつを、調子に乗らせたままにしてしまったのは悔やまれる。

 俺が本気で金本と向き合っていたら……そんなことを、少し考えてしまう。

 密かに沈んでいると、リムがポンと軽く頭を叩いてくる。


「武のせいじゃない」

「……ありがと」


 リムは、俺の過去をほぼ全て見たと言っていた。当然、あのときのことも知っているわけか。でも、俺が今落ち込んでるの、よくわかったな。『鑑定』の力か、単なる人間観察力か。

 俺とリムのやり取りを、藤吾は不思議そうに見ている。


「……武って、なんかあったのか?」

「……昔、ちょっとな」


 皆の憩いの時間に、気分が沈むような話をするべきではないのかもしれない。

 しかし、俺の経験は、藤吾にとって価値のあるものだろうとも思う。


「えー、ちょっと暗い話になっちゃうけど……」


 俺は、当時のことをざっくりと伝える。すると、藤吾は難しい顔で唸り、頭を抱えた。


「うわぁ、そういう話聞くと、やっぱり冒険者なんてなるもんじゃないって思っちゃうよなぁ。ゲームの延長感覚でダンジョン潜って、油断して死んじまったじゃ話にならねぇ」

「うん……。だから、冒険者になるのなら、よく考えた方がいい。本当に冒険者にならないといけないのか? 別にならないでもいいって思ってるなら、命の危険なんて冒すものじゃない」

「だよなぁ……。はぁ……。冒険者になってモテモテウハウハ生活送るのは、楽じゃないよなぁ」


 藤吾が嘆いているところで、富良野さんも言う。


「冒険者で華々しく活躍してる人はいいけど、大多数はそんなに稼げもしないし、人気者にもなれないんだってね。無理せず地道にやってもいいんじゃないかな? わたしなんて、そもそも『開眼』すらしてないし。下手にいいジョブ手に入れて、変な夢見ちゃったら怖いからさ。親も、わたしが冒険者になるのは断固反対だって言ってるし」

「そっかー。武はどうなん? とりあえず、ジョブは何?」

「……訊いてくれるな。『槍使い』だって十分いいジョブじゃないかって、思うくらいのものだよ」

「そうか……。ある意味、それがいいのかもな。諦めもつくし」

「まぁね」


 男友達になら、俺のジョブもスキルも教えてもいいのかもしれない。

 でも、下手に情報が出回っても嫌だし、内緒にしておく。

 ぼちぼち昼食も進んだところで、昼休みも残り十分となる。

 そこで、鮮やかな金髪に金の目をした女子が、教室に入ってくる。

 女神か、天使か、妖精のような人だった。完璧すぎるスタイルに、凛とした顔。セミロングの髪は金糸のよう。

 名前は、茨園美美華いばらえんみみか。この教室で、いや、この学校で、あるいはこの日本で、最も麗しく、不可侵なオーラを放つ美少女。

 極レアジョブ、『聖剣士』を持つ、世界有数の冒険者の一人。

 冒険者として活躍する傍ら、高校にも通っている。基本的には高校生活を中心にしているらしいのだが、入学式も参加していなかったし、学校にもよく遅刻する。冒険者としての仕事が忙しいらしい。早くも進級が危ぶまれると噂されていて、冒険者として専念すればいいのにと、俺もこっそり思っている。


「美美華様……」

「美しい……」

「美しすぎる……」

「天使……いや、女神……」


 教室内が俄に騒がしくなる。茨園さんが登校すると、いつもそうだ。

 多くの人が憧れる冒険者というのは、茨園さんのような人。俺だって、密かに憧れは抱いている。


「……悪かったわね。あんなに麗しい女じゃなくて」

「ちょ、リム。俺は別に、茨園さんのことはなんとも思ってないって」

「どーだか。できることなら、あたしよりああいう超絶美人と仲良しになりたかったんじゃないの?」

「そういうのじゃないって。そりゃー、茨園さんは綺麗だけど、それと仲良くなりたいってのは別の話」

「ふーんだ。見とれたくせに」

「リム……だから、違うって……」


 俺とリムのやり取りを見て、藤吾と富良野さんがクスクスと笑う。


「彼女持ちも大変だな」

「まぁ、あんな可愛い嫉妬なら、わたしもされてみたいけど」


 そこでリムがさっと頬を赤らめて、ふいっとそっぽを向く。

 あとで少し、ご機嫌取りをしないといけないみたいだな。リムが俺をどう思っているのか、あえて明確にはしないけれど、俺のことをたぶん好きでいてくれるのだろうし、しっかりフォローしていこう。

 茨園さんは、俺たちのことも、他の人たちのことも特に意識することなく、自分の席に着いて鞄から教科書を取り出す。

 ただ日常の動作をするだけで麗しいのだけれど……周りに誰も近寄らず、よく言えば孤高の存在になっていて、それが少しだけ寂しそうにも見えた。

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