第48話 side 双山まどか

 side 双山まどか


「はぁー……。冒険者のサポートって、結構神経使うなぁ」


 私は今日、初めて茨園さんと崩玉さんの冒険のサポートをすることになった。そして、午前中から始まって、午後五時過ぎにようやく終わった。

 もっとも、サポートと言っても、送られてくる映像を見て、何か気づくことがあれば知らせるという程度のもの。実際問題、ダンジョン内で動いている二人だってそれぞれに状況判断をするわけで、私はおまけ程度のサポートにすぎない。いっそなくても二人は無事に探索を続けるだろう。

 それでも、私のほんの少しの気づきが、二人の生死を分かつ可能性もゼロではない。そう思うと、おまけ程度のサポートでもずっと神経を使い続けることになる。


「……外にいてもこんなに神経使うのに、現場はどれだけ辛いんだろうなぁ……」


 私は、ダンジョン近くにある通称冒険者ギルド内にある、会議室の一室にいる。日額四千円かかるのだけれど、この距離であれば、魔法具を使ってダンジョン内外で映像や音声のやり取りができる。

 ともあれ、私は安全な場所にいるわけで、死の恐怖なんてものは一切感じない。だからこそどこか気楽に構えていられるが、ダンジョン内の二人は死と隣り合わせの環境だ。私以上に神経をすり減らすに違いない。


「……冒険者ってすごいな。私にはとても無理」


 もう一度大きく深呼吸。知らないうちに全身に力が入っていたようで、どうも肩が凝っている。


「宮本君、肩凝りも治せればいいのに。あ、でももしかしたら、胸を起点に、全身に効果を発揮するマッサージとかはあるかも」


 宮本君のスキルならあり得る。ちょっと期待してもいいかもしれない。……べ、別に、できるだけ触れてもらう機会がほしいというわけじゃなくて……。いや、そうでもないか……。

 こんなことを考えていると、ふと昨夜のリムとの電話を思い出してしまう。

 リムの可愛らしい相談に乗りながらも、私も宮本君ともっと近づきたいという気持ちは伝えた。途中から茨園さんも加わり、宮本君との関わり方を相談した。

 リムが一番に宮本君の傍にいることは確かだろうけれど、少しだけ、私と茨園さんも宮本君と男女としての関係を持ちたい……と。

 そんなのが本当に上手くいくかはわからないけれど、今のままの関係では、いずれ誰かの気持ちが暴走しかねない。

 リムは独占欲が強い。でも、私と茨園さんのことも考えてくれている。私たちの強い気持ちがわかるからこそ、簡単に拒みはしない。少しずつ説得していけば、いずれは……。


「私も……宮本君と……」


 ただ胸の矯正をするだけの関係じゃなくて……。

 考えていたら、なんとなくむずむずして自分の胸を押さえてしまう。そこで、会議室のドアが開いた。


「ただいまー。まどかちゃん、今日一日サポートありがとねー」

「……ありがと」


 崩玉さんが陽気に、茨園さんは少し所在なさげに、室内に入ってきた。


「……どしたの? 自分のおっぱいなんて触っちゃって」

「ひぇ!? ち、違う! 別に胸を触ってたわけじゃなくて!?」

「ははーん、まどかちゃん、さては宮本君に揉まれてるときのことを思い出していたね? いやー、わかるわかる。私も昨日の夜は一人で随分盛り上がっちゃってさぁ。あのスキル、本当に女殺しだよねぇ」

「や、だ、だから、これは、違くて……っ」

「別に隠さなくてもいいじゃん? あれを経験したら誰だって目覚めるものもあるって。私なんてもう毎日揉んでほしいくらいよ」


 あはは、と崩玉さんが明るく笑い飛ばす。あれだけすっぱり割り切れたら、私も楽なのかもしれない……。


「……気持ちは、わかる」


 茨園さんもぼそりと呟いた。

 結局、宮本君に触れられてしまった私たちは……宮本君の虜になるしかない、ということなんだろうか。昨夜、崩玉さんの話はしなかったけれど、いずれは崩玉さんも……?


「ま、今日はあの二人がお楽しみだろうし、邪魔はできないよね。こっちはこっちで、初パーティー活動の慰労会でもしよっか? 三人でご飯食べに行こうよ」


 崩玉さんの誘いを断る者はいなくて、そういう流れになった。

 ただ、私は少々申し訳ない気持ちになる。


「でも、私、本当にほとんど眺めてただけで、力になれてなくてごめんなさい」

「何言ってるの? まどかちゃん、ちゃんと要所要所で色んなことに気づいてくれたじゃない。隠し部屋がありそうとか、なんとなく不穏な気配がするとか」

「でも、それだけだよ?」

「……ねぇ、まどかちゃん、昔、炭坑で作業するときに、カナリアを連れて行ったっていう話、知ってる? 毒ガスが発生していたらすぐ気づくように、って」

「え? ああ……なんとなくは聞いたことがあるような」

「まどかちゃんは、それだよ」

「……それ、なの?」

「何か異常があったら真っ先に察知してくれる。逆に、まどかちゃんが何も感じていなければそこは安全。だから、まどかちゃんがただ私たちの状況を確認していてくれるだけで安心感があって、ものすごく価値があるの」

「そっか……。なるほど……」


 ほとんどの時間は、ただなんとなく映像を眺めているだけだった。もっと力になれればと思っていたけれど、いるだけで価値があることだったのか。


「まどかちゃんのおかげで、私も美美華ちゃんも随分気持ちが楽だった。サポート、ありがとね」

「ありがとう」

「……どういたしまして」


 ようやく、私もこのパーティーのサポーターであるという実感が出てきた。

 微力ながら、これからも二人の力になろう。


「もう探索は終わったし、窓開けちゃおっか」


 崩玉さんが、会議室の窓を開ける。サポートをしている間は、雑音排除のために閉めていたのだ。

 窓を開けると、心地良い風がすっと流れ込んできた。


「……え?」


 風が、私に何かを知らせてきた。

 何かはわからない。ただ、不穏さだけを私の心にひしひしと訴えかけてくる。


「な、何? 何なの?」

「どうしたの、まどかちゃん?」

「どう、した?」


 突然焦り始めた私を、二人が心配そうに見つめている。

 これは……どういうこと? 何が起きているの?

 私にとって、何か重大なことが起きているのはわかる。それは、何? 家族に何か? それとも……?


「まさか、リムと宮本君に、何かが……?」


 私の呟きで、二人の目つきが真剣なものになる。


「二人に何かあったかもしれないのね?」

「探しにいこう。今日はスピードスターランドに行っているはず」

「待って。まずは電話。私は宮本君、美美華はリムちゃん。あと、まどかちゃんは念のため自分の家族にも電話してみて」

「う、うんっ」

「わかった」


 一息ついたと思ったら、にわかに忙しくなってしまった。

 二人とも……どうか、無事でいて……っ。

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