第49話 救助

 意識が戻ったとき、俺は手足を縛られて椅子に拘束されていた。場所はどうやらどこかのビジネスホテルで、そして……あの青年が、リムを後ろから抱きしめながら立っていた。


「よぅ、起きたかい?」

「リム! 大丈夫か!?」

「うるせぇな。黙れよ」

「むぐぅ!?」


 青年に睨まれた途端、声が出なくなってしまった。これが、催眠術師の力か……っ。今のは暗示のようなもの? どうやらリムはもっと強い催眠状態にあるらしく、虚ろな表情で虚空を見つめるのみ。


「平良璃夢、十五歳。そして、レアジョブの『鑑定士』。俺に急に話しかけてくる他人なんざ全員わけ有りに決まってるが、『鑑定』で俺の悪事を暴いたってところなんだろう。大人しく警察に通報して待てばまだ勝ち目があったのに、ヒーロー気取って自分たちだけで行動しちまったのがあだになったな」

「……っ」

「まぁ、『鑑定』で俺のスキルを看破した程度だったら、まだ俺もただ逃げていただけだったかもしれねぇ。だが、こいつはもう俺の過去までだいたい把握しちまってるそうだ。となると……もう俺のものにするしかねぇよな?」


 青年が下品な笑みを浮かべてリムの首筋を撫でる。

 リム!

 叫んでも言葉にならない。拘束されていて動くこともできない。


「ははっ。お前、『おっぱい矯正士』なんだってな! 面白いジョブだが、戦闘には向かねぇ。そこで大人しく、愛しの彼女が他の男に抱かれる様を眺めてろよ。大丈夫、やられてみると案外興奮するもんだからよ?」

「……っ! ……っ! ……っ!」


 畜生! 声も出ないし、動けもしない! リムが辱められようとしているのに、俺は何もできないのか!?

 どうにか拘束を解けないものかと、必死で手足を動かしてみる。しかし、残念ながらびくともしない。くそ! このままじゃ、リムが……っ!


「さぁ、ベッドに入ろうか、璃夢ちゃん。大丈夫。俺は優しい男だから、初めての君に無茶はさせない。回復薬三つ分くらいで終わりにするよ」


 青年に促され、リムがベッドに腰掛ける。


「おい、陽子。いつまでも寝てねぇで、撮影しろ」

「ふぁーい……」


 この部屋にはベッドが二つあったのだが、青年がいるのとは別のベッドから、シーツを纏った女性が半身を起こした。ベッドサイドのスマホを手に取り、それを青年とリムに向ける。

 こいつ、辱めるだけじゃなく、撮影までするつもりなのか! 外道にも程がある!

 全力で身を捩る。手の皮が破れて血が滲む感触があるが、拘束は解けない。くそくそくそ! なんて無力なんだ!


「あっはっは! お前、いいなぁ! そうやって俺を呪い殺さんばかりに見ている男の前で、そいつの女を犯すのは最高に楽しいぜ! まぁ、安心しろ! お前は目撃者だからよ、最後には俺の催眠を使って楽に死なせてやる! そしたら、今の悔しさも憎しみも、全部忘れられる! 安心して心を壊せ!」


 くそが!

 俺とリムも甘かった! 犯罪者相手に、二人でどうにかできるだなんて過信した! リムがいれば大丈夫だと驕った! だけど! だけど! こんなに酷い結末になってしまうのか!? 余りに救いがないじゃないか!


「いい顔いい顔! 陽子! こいつの顔も撮っておけよ!」

「ふぁーい……」


 スマホのカメラが向けられる。いや、そんなのはどうでもいい。俺がどうなろうとどうでもいいから、誰かリムを助けてくれ! 誰か!

 必死に願う俺を、青年はあざ笑う。こんな歪んだ人間がこの世にはいるのか。

 なんて最低な世界。こんなの、許せるわけがない。

 どれだけ世界の不条理を嘆いても、俺には文字通り手も足も出ない。畜生!


「さぁー、お楽しみといこうか。璃夢ちゃん、痛いのは最初だけさ。安心してくれよぉ?」


 青年が、リムの衣服を取り去ろうとして。

 まずは、窓が鋭利な刃物で斬られたようにバラバラになって崩れ落ちた。

 その直後、金色の風が吹いた。


「……?」


 気づいたときには、青年の首を掴んで持ち上げる、美美華の姿があった。


「なっ! く、なんだ! てめぇ!」

「……二人の友達。むしろ、あなたこそ、何? どうしてリムが虚ろな顔をしていて、武が拘束されている?」

「離、せ!」

「……離さない。というか、今、何かした? 悪いけど、わたしは状態異常耐性があるから、多少何かされたところで問題はない」

「……くそっ」

「くそは、たぶんあなたの方」


 じたばたする青年。しかし、殴られようが蹴られようが、美美華には全く効いていないようだ。


「宮本君、大丈夫?」

「怪我はない?」


 気がつけば、双山さんと崩玉さんも部屋の中にいる。そして、崩玉さんが魔法で俺の拘束を解いてくれた。体は自由になったが、催眠の効果で声が出ない。


「何? 声が出ないの? 呪いか何か? えっと……『解呪ディスペル』!」

「……あ、声が出る」


 崩玉さんの魔法で、ようやく催眠の効果は解けた。


「崩玉さん、ありがとう。でも、どうしてここに……?」

「お礼ならまどかちゃんに言うことね。『風の知らせ』で導いてくれなかったら、二人がピンチだなんて気づくこともできなかった」

「そうか、双山さんのスキルのおかげか。双山さん、ありがとう!」

「ううん、いいの。二人を助けられたなら、それで私も満足だから。それより、リムは……?」


 青年は、いつの間にか美美華に締め落とされて意識がない。それはもうどうでもいいが、リムは……まだ虚ろな表情でぼんやりしている。


「崩玉さん! リムにも解呪を! あいつ、催眠術師らしくて、催眠にかかっているみたいなんです!」

「了解! 『解呪』!」


 崩玉さんの魔法は発動したはず。しかし、何故かリムは虚ろな表情のまま。


「あれ? 効いてない? どうして?」


 困惑する崩玉さんに、双山さんが言う。


「……リムへの催眠は、宮本君へのものよりかなり強力なものだったみたいです。簡単には解けないかも……」

「そっか。私、解呪は得意じゃないもんね。専門の解呪師のところに連れて行くしかないかな……」

「あー……もしくは、なんだけど……」

「もしくは?」

「宮本君なら、たぶん、解ける、かなー……」

「え、俺?」


 はて、俺が催眠を解除できるとはどういうことだろうか。俺にできるのはおっぱいを矯正することだけで……。

 困惑する俺。しかし、美美華と崩玉さんはどこか得心顔。


「ああ……武ならたぶんできるね」

「うん……宮本君なら、正気に戻すくらい簡単……」

「え? え? なんで?」


 困惑する俺に、双山さんが言う。


「宮本君。……その、変な話だけど……リムのおっぱいを、丹念に丁寧に揉んであげて? スキルとしては……女の子を一番喜ばせてあげられるものが、いいんじゃないかなー……」

「……喜ばせてあげられるもの?」


 双山さんが何を意図しているのかはわからない。ただ、俺とリムを残し、他の面子はいそいそと部屋を出ようとする。なお、陽子と呼ばれていた女性は、崩玉さんに促されて服を着た。意識はまだ少し虚ろな様子だが、崩玉さんに任せれば大丈夫だろう。


「しばらく外に出ておいてあげるから、あとは宮本君、頑張って。あ、ついでにこれも。『サイレンス』!」


 部屋に取り残される俺とリム。崩玉さんの魔法のおかげで、音漏れは心配ない。

 いや、っていうか、何故『サイレンス』をかけていったし。リムに何をしろと?


「リム……?」


 話しかけてみるが、悔しいことに全く反応がない。催眠をかけられているとはいえ、俺の声が届かないなんて……。


「……えっと、とりあえず、俺のスキルを使ってみるか?」


 双山さんがそうしろというのだから、きっとそれでどうにかなるのだろう。

 しかし、この場に相応しい技は何だろう……?

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