第19話 B+
「ふっふっふ。順調だわよ……。あたしのおっぱい、もはやBでさえも納まらなくなっている……!」
双山さんと知り合ってから、四日が過ぎた。
金曜日の今日もまた、俺はリムと白二丘駅のホームで待ち合わせ。そして、俺の姿を見つけた途端に、リムがにやつきながらそんなことを言った。
「……だから、公共の場でそういうことを言うなって」
「大丈夫よ。ちゃんとボリューム下げてるし、よほどの変わり者じゃないと他人の会話なんて聞いてない」
「その論理で言うと、双山さんはよほどの変わり者になってしまうな……」
「うん? 呼んだ?」
振り向くと、今日は双山さんがやってきていた。知り合って以来、隔日くらいで双山さんも一緒に登校している。俺とリムの電車の時間は毎日同じだし、せっかくなら毎日一緒に登校でもいいと思っているのだが、双山さんはそれを固辞。『私のスキルが、毎日は一緒じゃない方がいいと告げてるので』という理由だそうだ。
双山さんのスキルは日々の活動指針を知るのに非常に役に立つので、スキルがそう告げるならそうするのがいいのだろう。
「おはよう、双山さん。けど、双山さんを呼んだわけじゃないんだ」
「ふぅん。そっか。それは残念。それで……リム、なんだかすごく楽しそうだね」
「ふっふっふ。まぁ、まどかに言うのもなんだけど、あたし、Bが若干きついくらいになってるのよ」
「そっかぁ。確かに、大きくなったね」
「そう言うまどかは、すこーし小さくなった?」
「うん。小さくなった。けど、それでようやく本来の下着のサイズに合っているって感じだから、見た目はあんまり変わらないかも」
「そっかそっか。でも、そろそろ下着を買い換えないとね」
「うん。ただ、またすぐにサイズが変わるなら、安い奴か、ある程度大きさに融通が利く奴がいいよね」
「うんうん。明日にでも二人で買いに行く?」
「え? 二人で? でも……宮本君はいいの?」
「いいからいいから。あたしと武のデートはまた日曜日にでもすればいいし。それとも、武も連れて行っちゃう? 一緒に下着選んじゃう?」
「それは流石に恥ずかしいよ……」
「そう? もう、その程度で恥じらいを感じる仲でもないと思うけどね」
リムに指摘されて、双山さんがさっと顔を赤くする。
「そ、それとこれとは別だから! 宮本君には……色々見られちゃってるけど、なんでも見せられる間柄じゃないの!」
「だってさ。武、残念だったね」
「残念なのは否めないが、気にすることじゃないさ。双山さんとは距離があっても、リムと仲良くできればそれで十分」
「……ふん。つまらない反応だなぁ!」
リムが俺の背中をペシン。痛くもないし、これも愛情表現と知っているから、むしろ心地いいくらいだ。
「ちなみに、二人ってデートでどんなところに行くの? 先週の土日はどこかに行った?」
「んーん。先週の土日は、あたしがバイトのシフト入れちゃってたから行ってない。だから、明後日が初デート」
「ええ? それなら、むしろ明日を初デートにして、明後日に買い物でも……」
「大丈夫って。あたし、明日の午前中はまたバイト。で、もともと明後日にしっかり初デートの予定だったの」
「あ、そっか。……ごめん、宮本君。リムを取っちゃって……」
「それは残念だけど、一人なら一人でできることもあるし、構わないよ」
「武はね、一人の時は一日中アニメ見たり漫画読んだりしてるんだ。あたしと一緒じゃなく、お一人で楽しみたいものもあるんだもんね?」
「意味深な発言だけど、俺は別にやましいものを見てるわけじゃないぞ。ただ、女子にはちょっと趣味が合わないようなものもあって……」
「はいはい。そういういことにしておいてあげる」
「……まぁ、そういうことにしておいてくれ。ちなみにだけど、双山さん、アニメと漫画だけの生活ってわけでもないよ。それで一日潰すほど、時間をもてます生活はしてない」
「そうそう。エロサイト巡りっていう重要な時間の使い方も……」
「そういうことじゃなくてっ。……まぁ、いいや」
リムは俺のことをほぼ全部把握しているし、単なる冗談にすぎない。
藤吾やネット上の知り合いとやり取りをしたり、色々な本を読んだり、やることはあるのだ。
三人で話をするうちに電車が来て、俺たちはそれに乗り込む。それから十分ほど電車に揺られると、学校の最寄り駅、白丘東駅だ。
電車を降り、ホームを歩く。普段なら気にも留めない日常のワンシーンなのだが、ふと、双山さんが足を止めて反対側のホームを見やる。
「ん? どうした?」
「あの子……何か嫌な予感がする」
「ん_?」
視線の先に、スマホを片手に歩く女子高生。危険ではあるが、そういう人は少なくないし、嫌な予感がするとまではいかないのだが……。
あ。
女子高生が、スーツ姿の若い男性にぶつかる。ぶつかって来た方が悪い状況だが、そのせいで女子高生のスマホがその手を離れ、線路に向かう。それを掴もうと女子高生が手を伸ばして……バランスを崩し、そのまま線路に落下した。
「げっ、あれ、まずいだろ!」
ちょうど電車が通過しようとしている。非常停止ボタンを押す、なんてタイミングではない。あと数秒後に、女子高生は……。
そこで、金色の風が吹いた。
「え?」
通常の人間ではあり得ない速度で、金髪の女子高生が線路に飛び込む。さらに、竦んで動けなくなっている子を抱え上げ、即座に離脱。
その間、おそらく二秒にも満たない。的確で、速やかに、金髪の女子……茨園美美華は、落下した女子高生を救出した。
電車の急ブレーキの音が空気を引き裂く。窓から、乗客がバランスを崩して倒れるのが見えた。もしかしたら怪我人はいるかもしれない。でも、重傷も大怪我もないだろうと予測できた。
遅れて、茨園の活躍を称えて喝采が起きる。
「カッコいい……」
「あれ、美美華様でしょ!? 素敵!」
「すっげー……流石上級冒険者」
「あれは女でも惚れる……」
「神々しい……」
「女神が地上に舞い降りた!」
一瞬にして、周囲はお祭りムード。それに対し、茨園さん本人は至って冷静に助けた女子高生をホームに下ろした。
「……すごいな。やっぱり、カッコいい」
「……確かに。あれはあたしでもちょっとときめいちゃうわ」
リムもどこか高揚した調子で言うので、思わず動揺。
「え? リム、マジで?」
「え? 何をそんな動揺してんのさ。大丈夫だって! 武にはまた別のカッコよさがあるし、あたしは女に興味ないからさ!」
「そ、そっか。ならいいけど……」
ホームはまだ騒がしい。もう少しこの喧噪は続くだろうか。
ただ一人、冷静に佇む茨園さんは……何故か、こちらを見ていた気がする。
いや、俺じゃなくて、双山さんかな? なんだろう?
不思議に思いながら、俺はリムと双山さんと共にホームを後にした。
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