第18話 side 双山まどか
side 双山まどか
私のジョブ『風の預言者』とスキル『耳を済ませば』は、とても珍しいものらしい。図鑑にも乗っていないし、役所の職員さんも初めて見るものだと言っていた。
珍しいだけで、どこまでの有用性があるものなのかはわかっていない。ダンジョン探索向きなのか、日常生活向きなのかもわからない。
私はもともとダンジョンに潜るつもりなんてないから、日常生活での有効性を確認している最中。
スキルは一日に三回までしか使えない、という制限があるものの、日常生活においてはそれで支障はない。そして、今のところ、私はこのジョブとスキルにかなり助けられている。
自分がどうすればいいのか判断に迷うとき、あるいは、全く検討がつかないとき、スキルを使うとなんとなく行動の指針が思い浮かぶ。
私は判断力が強くないから、このスキルは大いに役立っている。
スキルを獲得してから一ヶ月程経。最近の日課として、毎朝起きたときにスキルを使用している。そうすると、理由はわからないけどこういうことをしたらいい、というのが頭に浮かぶのだ。なお、何も浮かばないときもあるけれど、そういうときは、特に何も気にせず生活すればいいということ。
そして今日、『いつもより少し遅めに家を出た方がいい』という直感が働いたので、そうしてみた。
何かいいことが起きるのか、あるいは、知らないところで不幸を回避しているのか。周りに注意しながら、駅のホームにたどり着いた。
そこで、とても仲の良いカップルを見つけた。
非常に仲睦まじくて、見ているだけで晴れやかな気持ちになれた。
スキルを使って遭遇する良いことは、この程度のレベルのこともしばしば。普段通らない道を行ったら虹を見られたとか、面白い路上ライブに遭遇したとか。
ちなみに、逆にスキルの導きに反することをすると、ほんのちょっぴり嫌なことが起きる。電車が遅れて学校に遅刻しそうになるとか、にわか雨に襲われるとか。
本当にささやかな効果だから、今日の遅出はこのためだったのだろう。そう思っていたのだけれど……。
「どうよ! たった一週間で、A未満からBまで上がったわ!」
胸を張りながらそんなことを言っている女の子。どういうこと? と不思議に思った。何か新しいサプリでも飲んでいるのかな、と思ったし、胸を大きくしたいと思えるのが羨ましいな、とも思った。
ぼんやり話を聞いていると、どうも、サプリ云々ではなく、スキルが関係しているのではないかと思い至った。
そこで、ハッとした。たぶん、『耳を澄ませば』が私に教えてくれたのはこのことだ。
おそらくは男の子の方。胸の大きさを操るスキルを持っている。そのスキルがあれば、私の悩みも解決してくれるかもしれない。
中学生二年生の頃から急激に大きくなり始め、今では並の高校生では考えられないサイズになったこの大きな胸。なんの役にも立たないくせに、変な注目ばかり集めて、不快な思いを強いられる。服選びだって難しくなってしまう。
大人になったら、手術でも何でも、小さくするための手段を試したい。そう思っていた。
だから、胸を小さくできるスキルに興味が沸いた。
昼休み。普段は他のクラスなんていかないし、他人に話しかけることもためらう。でも、今日は意を決して、彼に話しかけた。
それから、彼には本当に胸の大きさを調整できるスキルがあるとわかって、本当に嬉しかった。これで、長年の苦しみから解放される。
そう、無邪気に喜んでいたのだけれど……。
放課後。宮本君の家を訪れて、スキルを使ってもらって……。
死にたくなるほど恥ずかしい思いをした。
詳細はもう思い出したくない。自分が自分でなくなるような、ただ快楽を貪る獣になるような状態は、今日出会ったばかりの男の子に晒すのは恥ずかしすぎた。なんで胸の大きさを変えるだけであんな風になるのかは理解に苦しむ。宮本君は悪くないとしても、宮本君の頭をぶん殴って全ての記憶を消去したい気持ちになった。
たぶん、私は生まれて初めて、他人に対して切実な暴力衝動を覚えた。
だけど、私のためにしてくれたのに、恩を仇で返すような真似はできない。衝動を必死でこらえて、死にたくなるほどの羞恥心に耐えた。
そして、リムに促されて宮本君の手に触れたとき。
一瞬にして、私にまとわりつくあらゆる不快な感情が取り払われた。
宮本君の手から伝われる温もりが、私の心を包み込んで慰めてくれている感覚。ぬくぬくしたこたつで体を弛緩させるように、私の心も自然と弛緩していた。
手から伝わる温もりが、宮本君の心の温もりだというのも直感的にわかった。宮本君のことなんて何も知らないのに、その温もりだけで、私の体は宮本君を受け入れてしまっていた。
なんて、温かい人。でも、心で繋がっていたからわかる、宮本君が味わってきた苦悩や憤り。何があったかまではわからない。でも、あの温もりを得るまでに、宮本君には様々な苦しみがあったのはわかった。
宮本君の手は、私を癒してくれる。そのお返しに、私も、宮本君のためにもっと何かをしてあげたいと思った。
それに、宮本君は、私に励ましの言葉をくれた。
もっと笑顔を増やす。
そして、楽しいこと、幸せなことを、たくさん味わう。
そうすれば、私の生活はもっと明るくなる。
確かにそうだなと思った。私は俯いていることが多い。社交的ではないし、目立つのも好きじゃないし、できれば周りからは背景の一部として認識される生活を送りたい。
でも、それが、この大きな胸のせいで、なかなかできなくなっていた。
注目を浴びるのが嫌で、でもどうしようもなくて、私は俯くのがくせになった。
私は、私の胸のせいで、思い通りの生活を送れない。だとしても、私が周りの反応に負けない強さを身につけられれば、私の生活は明るくなる。
理不尽に憤ったり、嘆いたりしているだけの生活なんて、嫌だった。
だったら、自分を変えれば良かったんだ。
私が一人で勝手に憤っても、周りは何も変わらない。
私が強くなることでしか、私の世界は変わらない。
怒りも悲しみも飲み込んで、私は変わらないといけなかったんだ。
「……誰にだって、色んな嫌なことは降りかかる。自分が悪くなくても、自分にはどうしようもないことでも。
幸せになりたければ、私が変わらないといけない。それを気づかせてくれてありがとう。変わるきっかけをくれて、ありがとう」
自室で鏡の前に立ち、呟く。
胸ばかりが大きい、あまり好きになれないスタイル。
胸を小さくしたいという気持ちはまだ変わらない。宮本君の励ましは、まだ私にそこまでの変化はもたらしていない。
ただ、きっと、何も考えずに小さくしただけでは、根本的な部分で何かが足りず、結局また別の不満を抱えて生きていた気がする。
「……私、変わろうと思う」
自分で、自分に言い聞かせる。鏡の中の自分は、いつもより自然な笑顔を浮かべている気がする。
「ああ、でも、小さくするってことは、また宮本君にスキルを使ってもらわないといけないのか……」
望みのサイズまで、概ね一ヶ月。週に三回くらいはスキルを使う必要がある。
想像するだけで、体がじわりと熱を持った。
「ダ、ダメ! これ以上想像しちゃダメ!」
油断すると、敏感な部分に手を伸ばしそうになる。自分で自分を慰めるなんて、恥ずかしいというか怖いというか……。
知識としてある程度知っていることはある。でも、体験としては知らないことばかり。自分にはあまり縁がないことのようにも感じていた。
でも、宮本君のせいで……未知の世界の扉が開いてしまったというか……。
「ああ、もう、ダメだってっ」
意識しまいとすると、余計に色々と意識してしまう。胸が……胸の先端が……疼く……。
鏡の前から離れ、ベッドに寝ころぶ。何も考えずに、ただ深呼吸を……。
自分の呼吸で、ふと宮本君の吐息を思い出す。耳元で聞いたあのささやかな音の記憶で、ぞくりと体が震えた。
「……宮本君の、バカ」
何がバカなのかはわからない。宮本君は何も悪くない。
ただ、今この場にいてくれればと思ってしまうのは止められない。いや、でも、宮本君がいたからって、何だっていうのだ。だいたい、宮本君とリムは相思相愛で、私の入り込む余地などない。
「……本当にそうかな?」
リムから奪いたいとは思わない。二人には幸せになってほしい。けど、多少は割り込む隙間もあるのではないだろうか。
独り占めなんて期待しない。ただ少しだけ、私の方も見ていてくれるようになればいい。宮本君の温もりを、少しでも感じていたい。スキルも使ってほしい。スキル以外でも触れて……。
「ああ……もう無理ぃ……」
呻くように呟いて、私は自分に抵抗することを止めた。
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