第17話 笑み

 ともあれ、落ち込んだ様子の双山さんを少しでも元気づけたいとは思う。

 ゲームでもして気分転換を……と促してみたが、残念ながら『そういう気分ではない』と断られた。


「心の整理をするのに、時間が必要なことはあるもの。無理して元気づけないで、今はそっとしておきなさい」


 まだ俺の背中に張り付いているリムが助言をくれた。しかし……。


「……そんなもんかな」

「納得してない感じね。まぁ、強いて言えば……まどか。手を出して」

「え……? 手を?」

「そう。手を」

「うん……?」


 双山さんが右手を差し出してくる。そして、リムは俺の手を彼女の手に重ねた。


「わぁ……温かい……」

「どう? 安心するでしょ?」

「うん……不思議……」

「え? 俺ってそんなに体温高い?」

「体温の問題じゃないの。あたしにもよくわからないけど、これは武のジョブの隠れ効果の一つでしょうね。武の手に触れてると無性に心地良くなる」

「へぇ……。そうなのか」


 リムはことあるごとに俺の手を握ろうとしてくるが、そういう理由からなのだろう。……単純に俺の手を握りたいとかじゃないんだなぁ、とちょっとだけ残念。


「べ、別に、あたしはジョブの効果があるからいつも手を繋ごうとしてるわけじゃない。あたしはただ、武に触れていたいだけ」

「あ、そうなのか。そっか……」


 リムは的確に心を読んでくるなぁ。ある意味楽だけど、この状況に甘んじてると意思表示を怠けてしまいそうだ。気をつけよう。


「……二人は本当に仲良しだね。けど、私、ちょっと気づいちゃったんだけど……」


 双山さんが言いよどむ。それを遮って、リムが口を開いた。


「その予想は、二割くらい当たってるけど、八割外れ。あたしも、武にめちゃくちゃくにされて、それでもう武と一緒になるしかないって思ったのは事実。

 だけど、それはきっかけの一つ。あたしは武自身を好ましく思ってるから、こうして一緒にいるの」

「そうなんだ……? でも、出会って一週間でそんなに相手のこと、わかる?」

「詳しくは言えないけど、あたし、相手を理解する能力についてはチートだから」

「そっか……。そういうスキルを持ってるんだね」

「そういうこと。……このことは、誰にも内緒よ。もし口外したら……今日の様子、言いふらすから」

「な!? そ、それだけはやめて! 私、生きていけない!」


 双山さんの取り乱しよう……。俺は後ろにいて、さらにスキルの行使に集中していたから全ては知らないが……何があったんだろう。


「ふふん。まどかが何も言わなければいいのよ。言っておくけど、もしまどかが口外した場合、それもすぐにわかるから」

「……私、何も言わない」

「それでよし。さ、そろそろ落ち着いてきた? 武の手、返してくれない?」

「……嫌だ」


 双山さんがぎゅっと強く俺の右手を握る。


「む? それ、あたしの手よ。おとなしく返しなさいよ」

「やだ。いいじゃない。リムは左手があるんだし」

「こっちはこっちであたしのだけど、それもあたしの!」

「……不公平。宮本君は、リムだけのものじゃない。たとえ恋人だったとしても、リムだけが独占にしていい人じゃない」

「な、なんでよ! 武はあたしの! 爪の先から髪の毛一本一本に至るまで、全部あたしの!」

「それはずるい。あたしも、宮本君が欲しい」

「うぇ!? なんか、急に積極的になってない!? あたし、ライバルの出現とかいらないんだけど!?」

「……別に恋敵になりたいというわけでもないんだけど……いや、そうでもないのかな……とにかく、この手は離したくない」

「……ふん。武自身じゃなくて、あくまで手だけが欲しいってことね?」

「違うかも」

「違うの!? ま、まどかは武のことなんて何も知らないでしょ!?」

「知らないけど……。私は、『風の預言者』だから。このジョブの効果で、特別な勘が働くの。

 この手の温かさは、宮本君の心の温度。手を握るだけで、宮本君の温かさに包まれている気分になる。……宮本君そのものに、触れている気分になる。それが心地いいのだから、私は宮本君の手だけじゃなくて、宮本君を求めているんだと思う」

「ダ、ダメだから! 武は渡さないから!」

「それは、リムじゃなくて宮本君が決めることでしょ? でも、安心して。私、リムから宮本君を奪いたいとか思ってるわけじゃない。なんていうか……わかるでしょ?」

「……ああ、もう、こういう展開は求めてないの! 武! 今度から、あたし以外の人と手を繋ぐの禁止! まどかもダメ!」


 リムが双山さんから俺の手を引き離そうとする。が、双山さんは俺の手をがっちり掴んで離さない。痛い……。手首が外れそうになってるんだけど、どっちか手を離してくれないだろうか……。


「ま、ど、か! 離して!」

「やだ……。私、この手、好き……。ふふ、なんだろう、宮本君に触れていると、不思議と力が沸いてくる……」

「こんなときに沸いてこなくていいから! 昼休みのときはもっと控えめな子だったじゃない!」

「……自分の中で、何かが変わった気がする……。あんな経験しちゃったからかな……」

「変わらなくていいからー!」

「ふ、二人とも、い、痛いよ!? 流石に痛いよ!? 手首分解する!」


 俺が訴えると、ようやくリムが力を抜いてくれる。俺の腕にリムの手型がしっかり刻まれていた。


「あ、ごめん、武。つい、まどかに渡したくなくて……」

「俺はどこにも行かないよ……。大丈夫」

「……裏切ったら、地の果てまで追いかけて後悔させてやる」

「怖いなぁ。まぁ、それでいいよ」

「はぁ。リムたちは仲良すぎ。いったい何をしたらそんなに仲良くなれるんだか。……でも、手を握ってるだけで本当に気分が落ち着いてきた。……宮本君になら、見られてしまっても良かったのかもしれないって思い始めてる」

「俺の手だけで良ければ、また握ってくれていいから。あ、でも、落ち着くまでにしてくれ。俺にとっては、リムが一番大切だから」

「……ずるいなぁ。出会うのが、私よりちょっとだけ早かっただけなのに」

「それだけじゃないよ。リムには、素敵なところが本当にたくさんあるから」

「……そっか」


 双山さんから落ち込んだ様子はなくなったが、今度はアンニュイな溜め息を吐く。

 これは……どういう状況なのだろうね。俺の手に触れると、どんな感覚になるのだろうか?

 自分で触れても何も感じないから、なんとも言えない。気の済むまで触れてもらうしかないかな。

 俺の手を大事そうに握りながら、双山さんが問いかけてくる。


「ねぇ、宮本君は……大きい胸の方が、好き?」

「いいや、そんなことはないよ。大きさにこだわりはないし、大きいのには大きいのの良さがあって、小さいのには小さいのの良さがあって。むしろ、どうして胸の大きさに無闇にこだわる人がいるのか、わからないくらい」

「……そう。そっか」

「双山さんは、胸が大きくて辛い思いをしてきたんだよね。その原因の大半は男のせい……。ごめん。こんなつまらないところで、苦しむ必要なんてないはずなのに」

「……宮本君は悪くないよ」

「そうかな……。俺が直接誰かを傷付けてきたわけではないかもしれない。悪い方に先導したわけでもないかもしれない。

 けど、嫌な思いをする人がいる状況で、それを変えようと声をあげないことも、結局はたくさんの人を苦しめてしまっているようにも思う。

 俺みたいに、世間的にはなんの価値もないような奴が声をあげても仕方ないのかもしれない。正直、学校でこんな話をする度胸もない。

 ただ、双山さんのような人が苦しんでいるのを、悔しく感じている人がいることも、頭の片隅に置いておいてほしい」

「……うん」

「そして……そうだなぁ、もしできるなら、双山さんには、もっと笑っていてほしいな」

「……どういうこと?」

「双山さんが、もっと笑顔を多くしたら、周りの視線も自然と胸より上に上がってくるんじゃないかな?

 それに、笑ってほしいっていうのは、楽しいこととか、幸せなことをたくさん味わってほしいってことでもある。明るい気分でいられたら、普段感じてる不快さを跳ね返すエネルギーになると思うんだ。

 周りの反応はすぐには変えられない。だから、こっちが変わるしかない。周りが悪いのに、自分が努力しないといけないっていうのは理不尽だけど、自分が変化したら、もっと生活しやすくなるはず。

 周りに怒りをぶつけたくなることもあると思う。八つ当たりでもいいから、そのぶつけ先になら、俺はなれる。でも、怒りをぶつけて落ち着いたら、色々な思いをグッとこらえて、自分を変えていっていけたらいいんじゃないかなって思うよ」

「……うん。うん。そうだね」


 双山さんが、戸惑いがちに唇をほころばせる。


「その笑顔、とてもいいと思うよ」


 ぐぇ。リムがお腹を締め付けてくる。俺が他の女子を褒めることに思うことはあるだろうが、今はどうにか我慢しておくれ……。


「ありがとう。そんな風に言ってもらえて、ちょっと元気出た。私も、本当はいちいちこんなことで傷つくべきじゃないんだよね……。理不尽に憤る気持ちもあるけど、結局、自分が幸せになりたいなら、自分を無理矢理でも変えないといけない……。すぐには無理だと思うけど、頑張ってみようと思う」

「うん。応援してる」

「……けど、本当に、いいの? 何かに苛ついたとき、宮本君に助けを求めても、いいの?」

「えっと……見ての通り、いつでもというわけにはいかない。けど」


 リムが不機嫌そうに俺をギリギリと締め付ける。女子の力だからたいしたことはないとしても、苦しいのは確か。


「俺に許される限り、双山さんの力になるよ」

「……ありがとう。すごく、心強い。ただ、安心して。私、二人の仲を引き裂くような真似はしたくないし、ほどほどに甘えさせてもらうだけにするから。ほどほどに、ね? だから、リムも、そんなに必死に宮本君を抱きしめなくても大丈夫だよ」

「……武はあたしの。これは絶対譲らないから」


 リムの締め付けが強くなる。く……エロい意味なら良かったのに、単純に苦しい。


「あんた、よくこの状況でそんな発想に……」


 おっと、思考がダダ漏れなのを失念していた。別にいいけど。

 双山さんはきょとんとして首を傾げる。ごめんよ、俺の思考なんて、いたいけな女の子に説明できるものじゃないんだ。

 リムの愛情表現に悶えつつ、こんな状況も幸せなんだよなぁ、なんてことを考えていた。

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