第16話 責任

「……変な意味はないんだけど、リムって未経験なのに性的なものへの耐性強いよな」


 一通り終わって、俺は服を着直して一息つく。相変わらずリムは俺の背中に張り付いてくるので背中が温かい。


「そりゃそうでしょ。あたし、『鑑定』でディープなものをたくさん見てきたもん。清楚に見えるあの子にはこういう性癖があって、昨日はあの男子とこんなアブノーマルなプレイを……みたいなの、全部知ってるの。触るくらいのこと、抵抗なくなるって」

「……すごいディープだなぁ。っていうか、リムって何歳の時に『覚醒』したの?」

「あたしは十二歳。中学入ってから」

「へぇ。よく親が許したね」

「冒険者になるために『開眼』したわけじゃないからね。ほら、冒険向きのジョブじゃなくても、普段の生活をするうえで役に立つジョブってたくさんあるでしょ? あたしのがまさにそうだし。だから、冒険者登録は許さないけど、早めに『開眼』して、使えるジョブだったら将来のために磨いておけ、っていう方針」

「ああ、なるほど。そういうことか」

「そういう人、案外多いよ? ほとんどは何の役にも立たないノーマルジョブだけどね。あたしは運が良かった。……良かったかはわからないけど、このジョブなら、この先仕事に困ることはないかな」

「確かに。万一ダンジョンが無くなったとしても、真贋がはっきりわかるだけでもめちゃくちゃ便利だ。ジョブが関係ない、普通の鑑定士にだってなれちゃうもんな」

「そういうこと。今はバイトでちょこっとお手伝いしてるだけだけど、正社員として就職したらそれこそ年収は五百万は固い。ただスキル使って書いてる文字を読むだけで大儲けできるんだから、あたしの人生イージーモードだわ」

「……そう聞くと羨ましいな」

「でしょ? でもね、本当はあたし、生業としての鑑定士になりたいとは思ってないんだよね」


 リムが俺の背中に額を擦り付けてくる。……可愛いなぁ。


「そうなの? どうして? 楽じゃん?」

「楽過ぎるから嫌なの。なんか、つまんないじゃん。武だってさ、たとえば、ただひたすら手渡される書類を音読するだけの仕事とか、ずっと続けたいとは思わないでしょ?」

「ああ、うん。確かにそれは辛い」

「あたしの仕事って、そういうこと。スキルは便利だけど、たいした努力もせずに身についちゃうし、自分で工夫する余地がほとんどないから、ただの機械的な作業になって退屈になっちゃう」

「そうだなぁ……。なら、リムは何になりたいの?」

「まだ、はっきりとはわからない。ただ……ブライダル関係とか、憧れはするなぁ。人の幸せを、祝福できるような仕事がいい」


 ブライダル……。結婚関係か。そういうのに憧れるのも、女の子らしいのかな。


「なるほど……。リムならできるさ。明るいし、人付き合いも上手だし、人の幸せを願える懐の広さもあるし。

 あと、そうだ、結婚相談所とかもいいかも。『鑑定』スキルも活用してさ、この人はこういう性格だからこういう人と結ばれるといい、とか考えてマッチング。あと、あなたのこういうところは変えて、こういう風にした方がいい、とかも的確にアドバイスできそう」

「ああ、そういうのもいいね。それなら、ただカンペを読み上げるだけじゃなくて、自分で色々と考えないといけないから楽しそう」

「……俺はどうするかなぁ。このジョブじゃ仕事にはならないし、自分の力でどうにか頑張らないと」

「……武のそれは、仕事としても十分に通用すると思うけどね」

「そうかな? ただおっぱいを矯正するだけだよ?」

「たったそれだけのことを、未だに科学の力ではコントロールできてないの。だから、ものすごく特別な力で、本当に女性の救いになるものなの」

「そっかぁ……。リムが言うなら、きっとそうなんだろうな」


 俺たちが仲むつまじく会話を続けていると、三十分位して、ようやく双山さんが目を覚ます。


「ん……んん?」


 寝起きはぼうっとしていて、半身を起こしても自分の状況がわかっていない様子。


「……えっと……ここは……?」

「おはよう、双山さん。気分はどう?」

「おはよー、まどか。いい眠りっぷりだったわね」

「え、ええっと……あ。そうだ。私、宮本君の家に来てて、それで……小さくしてもらうために……」


 双山さんが自分の胸に手を当てる。まだ大きな変化は無いはずだが……。


「少し、小さくなってる」

「あれ? そう? 効果出るの早いな……」

「……勘違いとかじゃないと思う。ブラのきつさが違う……」

「そっか。大きくするより小さくする方が、効果が出るのが早いのかも」

「……あれ? ところで、私、どうして寝てたの? 宮本君に胸を揉まれて、それで……あっ」


 双山さんの顔が、赤く染まる。耳まで赤くて、針で刺したら血が吹き出しそうだ。


「あ……あ……あ……ああああ!」


 両手で顔を覆い、叫ぶ。色々と思い出して、羞恥心に駆られたようだ。


「……ごめん。事前に、もっとちゃんとスキルのことを説明しておくべきだった」

「あ、あんな、あんな姿を……ほぼ初対面の男の子に……っ」

「……ごめん」

「もう、お嫁に……行けない」

「……ん?」


 なんだろう、この流れ。若干の既視感が……。


「責任取って……」

「う、うん?」

「責任、取ってよぅ……」

「あ、あの、双山さん? 責任とは……?」

「あ、ああ、あんな姿、友達とすら呼べない相手に晒してしまって、私はもう恥ずかしくて死にそう! 責任取って!」


 双山さんが身を乗り出して必死に訴えてくる。うーむ、これはリムのときと同じ展開か……?

 ここで、リムが割ってはいる。


「ダメよ。武はあたしのだもん。まどかには渡さない」

「ひ、ひどい! だったら、私、どうすればいいの!?」

「ありのまま受け入れればいいんんじゃない? 知り合ったばかりの男の子にものすごく気持ちいいことをしてもらった、って。それで、きっかけは少し恥ずかしい出来事だったけれど、それ以降は末永く素敵なお友達として関係が続きました。でいいじゃない」

「そ、そんな……。私、初めては、ちゃんと好きな人とが良かったのに……」

「大丈夫。初めては奪ってないから。まどかは処女のままよ」

「そ、それはそうだけど……。処女よりも大切なものを奪われてしまったような気が……」

「気のせい気のせい。あたしは寛容だから、武に女友達ができることくらいは許すわ。仲良くしてあげてよ」

「……うぅ。本当にそれでいいのかな……? 私の人生、何か間違えてないかな……?」

「気になるなら、スキルを使ってみたら? 『耳を澄ませば』の導きでこうなったなら、これからどうするべきか、指針も見えるんじゃない?」

「うん……。スキル、『耳を澄ませば』……」


 双山さんが呟くと、室内なのに柔らかな風が吹いた。俯く双山さんの髪が揺れたのが綺麗で、漂ってくる花の香りが心地よい。


「……え? どういうこと……?」

「まどか、何かわかった?」

「宮本君の傍にいて、宮本君のサポートをしろって……」

「……ふぅん。そういうことになるの?」

「サポートって……なんなのかな? 宮本君、何かしてるの?」

「いや、俺はまだ、何も……」

「どういうことなんだろ……。このスキル、いつもふわっとしたことしか教えてくれないから、わからないことも多くて……」


 戸惑うまどかに、リムが宣言。


「まだ見える形では事態が進行してないってことでしょ。でも、近い将来動きがあるはず。そういう導きがあるなら、まどかは武の傍にいればいいわ。あたしは許す。でも、何度も言うけど、武はあたしのだからね!」

「……うん。もう、わけわからない。でも、スキルの導きには基本的に間違いはないし、そうしてみる……」

「そうしなさい。次第に心の整理もついて、今日のことが自然と受け入れられるようになるはず。これからも宜しくね」

「……うん」


 双山さんはまだ納得していない。でも、何かを諦めた顔で、溜め息を一つ。


「……今日、ここに来て良かったと思えるように、頑張ろう……」


 生気の抜けた様子の双山さんを見ると、俺もそのために頑張らないと、と思った。……双山さんが自分の胸を触り、顔を赤らめて何かもじもじしている風なのは、見なかったことにしよう。

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