第20話 茨園さんの事情

 朝にはちょっとした騒ぎに遭遇したものの、それ以外ではつつがなく学校に到着し、授業も始まる。

 一限目には茨園さんの姿がなかったが、どうやら警察に事情を話していたらしかった。

 それから、二限目の前の休み時間に茨園さんが登校してきたのだが。


「宮本君。一つ、お願いがあるのだけれど」


 何故か茨園さんが俺のところにやってきて、そんなことを言った。


「美美華様がお願い事……? 宮本君に……? なんで?」

「どういう関係だ? まさか、特殊なスキルで茨園様に何かあくどいことを……」

「女神を汚すことは許されない……わかっているな?」

「皆のアイドル、平良さんを奪ってなお、まだお前は……」


 呪詛めいた言葉が囁かれる。俺だってなんのことかわからないんだが……。


「えっと、俺に、何かな?」

「宮本君、今朝、平良さんとは別に、もう一人の女の子と一緒にいたよね?」

「ああ、うん。双山さんと一緒だった」

「あの子と話をしたい。取り次いでくれないだろうか?」

「……双山さんに?」


 双山さんの名前が出たことで、周囲が少し静かになる。

 俺に興味があるのではなければ、別にいいのだろう。


「えっと、どうして?」

「……ここでは、ちょっと。おそらく、秘匿情報について話すことになる」

「……そう」


 秘匿情報。冒険者がこの言葉を使うということはつまり、ジョブやスキルが関わる話だ。

 そして、双山さんに関心を持ったということは……今朝の出来事で、双山さんに何かを感じたのか。でも、そんなタイミングはなかったような……。

 悩む俺に茨園さんが顔を寄せ、周りに聞こえないような小声で囁く。


「今朝、わたしは君たちの後ろにいた。そして、双山さんは、スマホを扱う女子を見て、『何か嫌な予感がする』と言った。あの時点では、何の変哲もないながらスマホ。普通の人間なら、気にも留めない。だけど、彼女は未来の事故を察知した。おかげでわたしもすぐに動くことができた。彼女に興味がある。取り次いでほしい」


 茨園さんは、見た目が美しいだけじゃなく、その声も素晴らしいのだな……。囁かれると、体がぞくぞくしてしまう。あ、痛い。リムに蹴られた。


「えっと……一応、話を通してみるのはいい。けど、何で俺に頼むんだ? 直接でも……」

「……どう話しかけていいか、わからなくて」


 輝く金の瞳に恐れをチラつかせ、茨園さんが苦笑い。


「俺に話しかけられるなら、双山さんにも話しかけられるんじゃない?」

「……いや。宮本君は、話しやすいような気がした。でも、他の人はよくわからない」

「そう……? まぁ、わかった。とりあえず話してみる。昼休みくらいにまた声をかけるよ」

「ありがとう。助かる」


 茨園さんが去っていく。どうでもいいことだけれど、茨園さんって無臭だな、とか思った。


「……えっち」


 リムがすかさず突っ込みを入れてくる。気になっちゃったものは仕方ないだろ。


「……なんの用事だろうな」

「そんな捻った話じゃないよ。ま、普通に取り次いでいいんじゃない?」


 リムには既に全てお見通しらしい。便利なスキルと言うべきか、わかりすぎてある意味辛いスキルと言うべきか。


「わかった。そうするよ」


 そして、順当に昼休みが来て、俺は双山さんと茨園さんを引き合わせることに。

 先日と同様、人気のない図書室前に来たわけだが、俺、リム、双山さん、茨園さんの四人が集合する形だ。


「えっと、改めて。この子が、俺たちのクラスの茨園美美華さん。高校に通いながら本格的に冒険者活動もしてて、噂だとランクはAだったかな?」


 ランクはまだAだが、実力は最上位のSレベルだとも囁かれている。真相は不明。


「Aであってる」

「そっか。えっと、それでこっちが、最近俺たちの友達になった、双山まどかさん。……一般人だ」

「えっと……初めまして。宮本君の紹介の通り、一般人、だよ?」


 一般人と聞いて、茨園さんが眉をひそめる。そして、何故か俺に向かって話しかけてくる。


「……単刀直入に訊きたい。双山まどかのジョブとスキルは何?」

「それは……俺に訊かれても、ね」


 双山さんを見ると、困り顔で俺を見返してくる。

 単刀直入すぎて、そりゃ困るわな。


「茨園さん。一般人って言ったのは、本人としては自分のジョブやスキルを秘匿したいからだ。時短で話を進めたいのかもしれないけど、どうしてその情報を知りたいのか、説明してあげてくれないかな? それと、俺より双山さんに話してくれ」

「……それもそうか。悪い」


 茨園さんが双山さんを見て、すぐに目を逸らす。はて? どうしたのだろうか。双山さんも軽く首を傾げつつ、茨園さんに話しかける。


「わかってもらえて良かったよ。私、できるだけジョブは秘密にしておきたいけど、どうしても必要なことだったら、話すことも考えてるから……」


 茨園さんが頷き、緊張した面もちで口を開く。


「わかった。えっと……わたしは、冒険者だ。あ、いや、それはもう言ったか……えっと……わたしは、学校に通いながら、ダンジョンに潜って……これも別にいいか。だから……その……高難度のダンジョンに潜るときには……あ、えっと、わたしは、ソロで潜ることも多くて……簡単なダンジョンなら、わたしのジョブとスキルは恵まれてるから、良かったんだけど、それが、高難度になると……ああ、別にこれはソロって関係ないか……えっと……」


 んん? 茨園さん、俺と話をするときは普通だった気がするけど、双山さんと話すときにはびっくりするほどテンパってるな。

 どうした? 好きな子と初めて話すウブウブ男子みたいな状態になってるぞ?

 ハッ、まさか……。茨園さん、色々と理由を付けて、一目惚れした双山さんと話したかっただけ……?


「違うっつーの」

「痛っ。リム、足を踏むなよ」

「武が意味不明な暴走してるからじゃん。そういうんじゃなくて、茨園さんは、単純に同年代の女子と話すのがめちゃくちゃ苦手なの」

「え? そうなの?」


 完璧美少女に見えるのに、そんな弱点があったとは。


「わたしは……その……うん。そう。苦手……」

「俺とは普通に話してたじゃん。それでも?」

「男の子は……平気。兄二人とはよく一緒に遊んでて、慣れてる」

「……同年代の女子とは交流ないの?」

「……わたし、実は、小学校とか、中学校とか、ほとんど通ってなくて……。その……わたし、スタンピードの被災者なんだ。それで、モンスターに襲われたことがって、母が……死んだ」

「……そっか」


 急に重い話になって戸惑う。が、まずは話を聞こう。


「当時、わたしは七歳だった。モンスターに襲われたのと、母が亡くなったショックで、しばらく精神的に不安定な状態で、何年も外に出られなくなった。父やお兄ちゃんたちに支えられて、どうにか勉強はして、まずは小学校を卒業した。

 その頃に、ようやく外に出ることもできるようになって、少しだけ中学校に通った。でも……周りに女子がいなかったからか、わたし、女子の文化が全然わからなく……。知らないうちに人を傷つけて、疎まれて……今度はいじめとかの問題で、学校に通えなくて……。そのときから同年代の女子、すごく苦手になっちゃって……。

 女子全員がわたしを目の敵にするわけじゃないのもわかってるんだけど、話そうとすると身構えちゃうところが……。

 それに、わたし、中学二年生のとき、『開眼』してるんだよね。そしたら、ジョブが『聖剣士』っていうやつで……『開眼』とほぼ同時に、髪と目がまっきんきんに染まっちゃって……。それも、周りの女子から一線を引かれる原因になって……。

 もう、とにかく色々あって、女子、苦手なんだ……」

「そうだったのか……」


 皆にあがめ奉られる、茨園さん。冒険者としても大活躍の人気者で、何の苦労もない人生を送っているのかと思ったが、意外と苦労の多い人だったらしい。

 なんというか、守ってあげたい、と直感的に思ってしまう。


「じゃあ、わかった。とりあえず、俺に向かって事情を説明してくれよ。それを間接的に双山さんに聞かせる感じで」

「うん……」


 茨園さんの話をざっくり言うと。

 自分は高ランク冒険者で、潜っているダンジョンも高難度。ある程度は恵まれたジョブとスキルのおかげで攻略もできたていたが、今はちょっとした壁にぶつかっている。

 他の人との協力は苦手で、ソロで行くことが多い。ぶち当たった壁を壊すため、他者との協力も視野に入れているが、ソロでの活動が長すぎて、簡単には上手くいかない。

 そこで、未来予知か何かの力を持つ双山さんの力を借りれば、何かのヒントが得られるのではないかと思った。

 とのこと。


「……というわけで、わたしに協力してくれないだろうか」

「……だ、そうだ。双山さん、どうかな?」


 茨園さんは俺の方を向いている。が、用事があるのは双山さんなので、そちらに話を振る。


「そういうことなら、協力したいとは思う。ただ、私のスキル、そんなに役に立つのかな? 本当にささやかな能力なんだけど……」

「……できることは、何でも、試してみたい。……わたし、は、ダンジョンを、世界から、消したいから……」


 ぽつぽつと、しかし、決意の滲む声で、茨園さんが言う。

 スタンピードの被災者で、ダンジョン撲滅を願う人は少なくない。俺には想像もつかないほど悔しさを噛みしめてきたのだろう。


「……わかった。まずは、私のジョブとスキルについて、説明するね」

「あ、ありがとう……」


 茨園さんが、双山さんに頭を下げる。その姿は、完璧美少女とはほど遠い、その辺にいる女の子に見えた。

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