第51話 エピローグ

 初デートから、二日が過ぎて。火曜日の朝。


「あーあ、バイトクビになっちゃった」


 いつもの駅で待ち合わせたリムが、開口一番、特に残念そうでもなくぼやいた。


「え? クビになったの? どうして?」

「相手の許可なく色々と見ちゃったからね。まぁ、相手があれだったからなんかごにょごにょして刑事的なお咎めはなかったんだけど、バイト先は一旦クビ。一年くらいしたらまた復帰できるかもだけど、とにかく今のところ同じバイトはできなくなっちった」

「そっか。リムは、正しいことをしたと思うんだけどなぁ……」

「正しいことをしてたって、犯罪は犯罪。女子更衣室を盗撮してたらたまたま下着ドロボーを発見して捕まえた、みたいな話だもん。そんなもんだよ」

「そっかぁ……。でも、なーんか納得いかないなぁ」

「ま、いいのいいの。クビんなっちゃったけど……また仕事の当てはあるしね」

「ふぅん? そうなの?」

「そうそう。ま、この件はまた皆の前で話すよ」

「そっか。わかった」


 それから少し時間が経ち、放課後。

 俺、リム、双山さん、美美華、そして崩玉さんの五人は、学校近くのカラオケに集合した。


「そいじゃ、『宮本胸部矯正クリニック』開店計画について話すよ-」

「……は!? え、何それ!?」


 困惑しているのは俺だけで、どうやら根回しが済んでいたらしい他の面子は驚かない。


「お、俺に何をさせるつもりなんだ!?」

「もちろんそのままだよ。武のスキルで、女性のおっぱいを矯正するクリニックを開くの」

「いや、そ、そんなクリニック、とても人が来るとは思えない……」

「あ、人は来るよ。私の直感も告げてる」


 双山さんが自信ありげに断言する。双山さんが言うなら本当か……? っていうか、商売が上手くいくかどうかを事前に直感で判断できるなら、そういう道でも大活躍できるよな。経営コンサルタントとして優秀すぎる。


「……とりあえず、直近でお客さんの当てはあるの?」


 俺の問いに、崩玉さんが答える。


「私の大学の知り合いとその関係者で、矯正を受けたいって人、十人はいる」

「え……そう、なの?」

「事情は様々。大きくしたいってのが大半だけど、それ以外もある。子供を産んだ姉の母乳の出が悪くて困ってるとか、年齢的に形が崩れてきたのを整えたいとか。

 高校生の感覚だと、おっぱい矯正を望む女性なんて考えられないって思うかもしれない。けど、もう少し年齢が上がると矯正を望む女性って増えるんだよ。もちろん、いくつになってもそんなのは考えられないって人もいるけどね」

「そう……なんだ」

「うん。だから、宮本君はもっと自分のスキルに自信を持っていいよ」

「そっか……」


 そういえば、大輪さんも矯正を望んでいたな……。

 俺はまだ半信半疑だが、リムは話を続ける。


「というわけで、クリニック開店の準備を進めようと思う。武は実際に施術する役で、あたしは主にそのサポートをやるつもり。女性相手の商売なら女性のサポートは必要だし。ま、あたしのスキルを最大限有効活用する感じではないけど、逆にそれも面白そうだから問題なし。あたしと武が組めば、商売繁盛間違いないよ!」

「まぁ、リムがいれば安心……なんて丸投げにはできないか。でも、リムがいたら心強いよ」


 先日も、リムにほぼ任せきりにしてまずいことになった。俺だって考えて動かないといけない。


「うんうん。そんで、あたしと武がメインでやるつもりなんだけど、他の皆にも手伝ってもらう。客集めとか広告とか、色々さ。

 もちろん、まどかたちには冒険者業もあって、あたしたちもそれをできるだけ手伝う。二足の草鞋でがんばってこーね」


 俺のいないところでかなり話は進んでいたらしい。誰も反対はしない。

 あとは、俺がどうするかというところのようだ。

 盛り上がっていたリムが、少しトーンを落として尋ねてくる。


「……武、どう? 色々考えたんだけど、ダメかな?」

「いや、ダメと言うことは……」


 煮え切らない返事をする俺に、リムが言い募る。


「……まぁ、こういうのが、必ずしも武の望み通りの人生に繋がらないことは、実のところわかってる。武は、もともと冒険者として活躍することを望んでいて、でもそれは無理だった。

 冒険者が無理だとしても、もっとわかりやすく多くの人のためになって、皆に誇れるようなことをしたいと思ってることも、わかってる。

 だけどさ、自分の望みと、自分の適性が噛み合わないことなんて当たり前のことなんだよ。武には、世の中の女性のデリケートな悩みを解決するすごい力がある。それは、ちゃんと活用するべきなの。

 あたしたちは皆、武のおかげで救われている。無闇に人に話せることではなかったとしても、武が救っている人は、確実にいる。

 だから、一緒に頑張ってみない?」


 リムの柔らかな微笑み。

 聖女のような……いや、ただただ、俺のことを一生懸命に考えてくれた、女の子の笑みだ。

 その気持ちに応えない理由は、俺にはない。


「わかった。やってみよう」

「それでよし! あたしたちが組めば最強だよ! 世界の半分の人間を救えて、なおかつ億万長者も夢じゃない!

 んで……別件で、これはあたしにとってすこーし不本意なんだけど……」

「うん? なに?」

「あたしらの商売を手伝う条件として、他の三人から武を一部共有財産化しろって迫られてんの」

「……共有、財産?」


 はて、いったいなんの話をしているのか……?


「そ。もっと武と一緒にいさせろ! ぶっちゃけエッチなことさせろ! って皆に言われてんの。あたしは気が進まないけど、でも、商売手伝ってもらう上に、あたしらの命とかを救ってくれた相手じゃん? そんな人たちにお願いされたら、断るわけにもいかないかって思うわけよ」


 双山さんたち三人を順に見ていく。その瞳はどこか情熱的で……。


「武にとっては悪い話じゃないよ。要は武のハーレムができるって話。……ま、あたしが一番だってのは変わらないけど。

 どう? この件は、最終的には武の判断って言ってる。武が、まどかたち三人といちゃこらしたいなら、あたしは反対しない」

「いや、でも……それは……」

「あ、うん。もうわかった。大丈夫。あたしに嘘はつけないし、武が困惑しながらもハーレム化を喜んでるのもわかった。じゃあ、そういうことで」

「ええ……?」


 俺の明確な同意なしに話は進んでしまった。そりゃ、色んな女の子と仲良くできるのはもちろん嬉しいことなのかもしれないけれど……。本当にいいのかな……?


「宮本君……私たちのこと、嫌いじゃないでしょ?」

「わたしのことも、さ」

「ここは観念して、私たちと仲良くしちゃいましょ? それがお互いのためにいいからさ?」


 双山さん、美美華、崩玉さんが、意味深な笑みを浮かべて言った。

 俺の望み云々というより、皆がそれを望んでいるのなら、俺はそれを受け入れるべきなのかもしれない……。


「……わ、わかったよ」


 俺が同意すると、皆の目がどこか艶っぽくなる。先日見たリムの獰猛な瞳を思い出した。

 俺は、どうやらもう逃げられない状況になったらしい。


「わけわかんない気持ちもあるけど、皆のこと、大事にする……。宜しく……」


 こうして。

 俺の『宮本胸部矯正クリニック』開店計画が進み始め、そして、皆とより仲良くなる日々が始まるのだった……。


「回復薬はたくさん常備しておかないとねー」


 なんて、リムが楽しげに呟くのが、どこか遠くに聞こえた。

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