第35話 はじめて

 公園を一回りしたら、昼食を摂るのに丁度いい時間になった。

 近所に弁当屋があったので二人で入り、それぞれ昼食を調達。俺は唐揚げ弁当で、双山さんは鮭弁当だ。

 公園のベンチに並んで座り、それぞれの弁当を開く。

 周辺には親子連れで歩く人も多く、のどかでいい雰囲気だ。


「……なんだか、ピクニックにでも来たみたい」


 双山さんがしみじみと言う。


「だな。こういうのは初めてだから、新鮮で楽しいよ」

「そっか。私も初めて。……でも、ごめんね。せっかくの初めてを、私が奪っちゃって」

「意味深な言い方……。まぁ、確かにこういうのはリムと一緒にするべきなのかもしれないけど、それはまた別って感じかな。今日のは、あくまで友達同士のことだしさ」

「……そうだね。友達同士なら、ノーカンかな」

「それに、リムとはまた、もっとたくさんの初めてを経験していくんだろう。一つ二つ別の人と経験するくらい、大きな問題じゃないさ」

「……かな。キスとかはもちろんリムと初めてをするんだろうし、これくらい、いいよね」

「ま、まぁな……」


 キスか……。したいとは思うけど、まだそういうのはしてないんだよな。変な距離感だ。


「っていうか、二人って、キスしてないの?」

「まだしてない」

「なんで? リム、宮本君のことが大好きみたいだし、むしろリムの方から襲ってきそうだけど」

「うーん。正直、どうしてなのかはわからない。リムにも色々と思うところがあるんだろうから、タイミングは任せてる感じかな」

「……宮本君は、リムのことが好きなんだよね?」

「うん。好きだよ」

「他の人と付き合うとか、結婚するとか、考えられなくなるくらい?」

「うん。もう、考えられないな」

「……まだ出会って二週間でしょ? 気が早いんじゃない?」

「そうなのかも。けど、直感ってあるだろ? 俺にはリムしかいないんだな、って思ってる。理由とか根拠とかわからないけどさ」

「……そっか。直感、大事だよね」

「双山さんは直感にも補正がかかってるんだもんな。ちなみに、その直感で、俺とリムがどうなるかとかわからない? 上手く行きそうとか、将来何かありそうとか」

「……もし私が、二人は将来危ういって言ったら、どうするの?」

「そのときは、それを二人で乗り越える。何も心配してないよ」

「じゃあ、もう私の直感なんて聞く必要はないね。けど、そうだなぁ……えっとね、全てがなんの問題もなく進むわけではないと思うけど、二人なら大丈夫。……ううん。二人なら、じゃないか。二人だけの話じゃなくて……私たちなら大丈夫、かな」

「私たち? それ、双山さんも入ってるの?」

「……うん。宮本君、まさか、リムと結婚するからって、リムと二人だけでこれから起こる全ての困難を乗り越えようと思ってる? そんなことしなくていいし、難しいよ。二人の周りには、私も、茨園さんも、他にも色んな人がいる。二人のことだからって、二人だけで解決しようとしないで、周りを頼っていいんだよ。

 私たち、友達でしょ? 友達は、恋人や伴侶よりも格下の相手じゃない。私からしても、二人のために頑張れることは嬉しい。だから、そのときが来たら遠慮しないで頼ってね?」

「ああ……うん。けど、なんだか脅されてるみたいで怖いな。近い将来、二人だけじゃ解決できないようなトラブルが起きるのか?」

「それはわからない。私は未来を見られるわけじゃない。頼りないスキルでごめんね」

「いや、いいけど。双山さんはなにも悪くない。とにかく、何かあったら相談するよ」


 何事もなく過ごせればいいが……そうもいかないのかな。


「うん。いつでも相談して。私も、助けてほしくなったら遠慮なく言うから」

「おう。任せろ。……腕力には自信ないが、できる限りのことはする。腕力が必要になったら、美美華に助けを求めよう。また別の手段が必要なら、リムを頼ろう。俺たちなら、たぶん最強だ」

「ふふ。そうだね。……まぁ、宮本君の活躍の場もちゃんとあると思うけど。とにかく、私たちならきっと最強だね。

 あ、唐揚げ、一つくれない? 代わりに、鮭を半分あげるから」

「おお、いいぞ。こっちのはまだ触ってないから……え?」


 双山さんが、わざわざ俺が半分齧った唐揚げを取り、それを口に放り込む。

 それを飲み下してから、ニシシと微笑む。


「一個は多いから、半分だけ、もらっちゃった」

「俺はいいけど……」

「……ついでに、宮本君の初間接キスも、いただいちゃったね」

「……まぁ」


 双山さんは、どうしてそんなことをしたのだろう。


「ごめんね、宮本君がリムとあんまり仲いいから、ちょっとだけ意地悪したくなっちゃった」

「……そっか。なんか、悪い。見せつけるとかいう意図はないんだけど……」

「わかってるって。二人が幸せそうにしてるのを見るの、好きだから。幸せのお裾分けしてもらってる感じ。これはただ悪戯心。これからも存分にイチャイチャしてくれていいからね」

「……わかった」

「とりあえず、早く本物のキスくらいしちゃいなよ。いつもいつも、リムのペースに合わせなきゃってわけでもないんだしさ。

 キスより先になると、女の子のペースに合わせてもらった方がいいとは思うけど、キスなら宮本君が押してもいいと思うよ。二人とも大好き同士なんだからさ?」

「それは、そうかも」

「初キスが終わったら教えてね? お祝いしてあげる」

「お祝い……。大げさな」

「いいじゃない。楽しいことは皆で分かち合おうよ」

「……そうだな。そういうのも、いいよな」


 リム、双山さん、美美華の三人となら、そういうお祝いも純粋に楽しそうだ。


「……初キスの感想、二千文字以上で教えてね?」

「それは逆に気持ち悪いだろ。この感触がこうでああでとか詳細に書かれた文書なんて、お金をもらっても読みたくないよ」

「確かにー」

「っつーか、俺のことばっかじゃなくて、双山さんも誰かいい人探さないの?」

「……それは、まだいいかな」

「どうして? 双山さんなら、いくらでもいい人いると思うけどな」

「……今はそういう気分じゃないの! はい、私のことは終わり!」

「強引な……」

「君は残酷だけどね」

「え? そうなの?」

「まぁ、それについてとやかく言わないよ。とにかく、私のことも、茨園さんのこともなし!」

「そうか……」

「はい、こっちの鮭、少しどうぞ。まだ手を着けてないから、綺麗なままだよ」

「さて、手を着けてない方が綺麗なのか、手を着けられた方が綺麗なのか……」

「もう、変なこと言わないで」


 促されて、俺は鮭を少しだけもらい受ける。

 お弁当のおかず交換なんて、青春過ぎるぜ……っ。


「美味いなぁ」

「うん。美味しい」

「これが幸せってやつか」

「……そうだよ。これが幸せで、そして……青春ってやつだよ」


 双山さんが天を仰ぐ。光の反射か、その瞳がきらりと光ったように思う。

 二人でゆったりした時間を過ごしてから、双山さんがスマホの時計を確認。


「一時か。そろそろ行かなきゃ」

「そうだな。じゃあ、また月曜日」

「ん? あー、たぶん、また夕方には会うことになるよ」

「あ、そうなの? やっぱり呼び出される?」

「呼びだしって言うか、リムが宮本君に会いたがって、三人で宮本君の家に押し掛ける感じ?」

「そうか……。嬉しいが、照れるな……」

「リムは宮本君のこと大好きだから。それじゃあ、駅まで送ってよ」

「わかった。行こう」


 二人で歩き出す。まずは市役所で、お互いに自転車を回収だ。

 それから歩いて駅に向かい、双山さんは一度自転車を駅の駐輪場に置いた。


「それじゃあ、また後でね」

「おう。また」

「……余計なお世話だけど、一人でしない方がいいよ?」

「な、なにをだよ!?」

「わかってるくせにぃ」


 双山さんがニヤニヤ。笑い方がリムに似てきたかな?

 双山さんが駅へ向かい、姿が見えなくなってから、俺は一人で自宅に帰還。

 たまには一人で……なんて思っていたが、やはり何もせずにリムたちを待つことにした。

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