第34話 二人

「あ、宮本君、戻ってきた。長かったね。何かトラブルでもあった?」


 冒険者ギルド課前のベンチで、双山さんが俺を待ってくれていた。事務的な話だけでなく、プライベートな話もする必要があったから、長引いてしまったようだ。


「トラブルじゃないんだ。まぁ、ここじゃなんだし、外で話すよ」


 二人で市役所を出て、周りに人がいないことを確認しつつ、先ほどのことを軽く説明。


「へぇ……そんなことが。けど、やっぱり宮本君のスキルを必要とする女性って多いと思うんだよね。シンプルにサイズに悩む人も多いだろうし、茨園さんみたいなこともあるし。……大輪さんは、なんだろうね?」

「うーん……見た目からすると大きさの悩みかもしれないけど……」

「外から見ただけじゃわからないよね。茨園さんのときもそうだった。えっと、私たちは午後二時にリムたちと待ち合わせてるんだけど……宮本君、今、時間ある?」

「ああ、俺は基本的に時間あるよ。やろうと思えばいくらでもやることはあるけど、これをしなきゃ、っていう予定はない」

「じゃあさ、少しその辺を散歩して、それからお昼ご飯一緒に食べようよ」

「ああ、いいね。そうしよう」


 リムからは、双山さんと美美華については、二人きりで交流するのも問題ない、という許可をもらっている。ただ、もちろん、友達としての一線を越える行為は禁止されている。リムは俺が一線を越えたかどうかがわかるからこそ、ある程度は緩く構えてくれるのだろうな。

 市役所近くに市営の公園があったので、俺たちはそこに入る。敷地は割と広く、外周が二キロほど。夏には花火大会が開かれる場所だ。

 特にめぼしい遊び場があるわけではないのだが……。


「あ、チューリップ園があるね。こんな場所があるなんて知らなかったなぁ」

「本当だ。俺も知らなかった」


 近隣に住んでいるとはいえ、この公園に来ることは滅多にない。年一回、花火大会のときに訪れる程度。敷地をゆっくり回ることもないので、知らないことばかりだ。


「ね、二人で写真撮らない?」

「え? 俺と?」

「うん。そう」

「それはいいけど……俺と撮っても仕方ないんじゃないか? リムが言うならわかるけど……」


 リムと一緒に写真を撮るなら、恋人っぽくていいだろう。しかし、双山さんはただの友達だし、そういう写真を撮るものだろうか?


「いいからいいから! 友達同士だって写真くらい撮るよ!」

「そ、そっか。ならいいか……」


 男にはわからない、女子の文化というものもあるだろう。嫌なわけじゃなし、写真くらいはいくらでも撮るさ。


「はい、私のスマホ。これで撮ってよ」

「ん? ああ。わかった。ってか、そっちのスマホで撮るなら、双山さんが撮ってもいいのでは?」

「……そしたら、私が前に来るじゃない」

「それが何か……?」

「……それに、手を伸ばして自撮りするって、角度が難しいじゃない」

「……そうか」


 後半については、わかる。ただ、双山さんが前に来てはいけない理由とは……?

 困惑しながら、カメラの起動されたスマホを受け取る。


「わかってないみたいだから言うけど……私が前に来るってことは、顔が大きく見えるってことだよ」

「ああ……なるほど、わからん。写真でどう写ろうが、双山さんの顔の実際のサイズは変わらず小さいままだと思うがなぁ……」

「そ、そうかもしれないけど! 女の子はこういうのを気にするの!」


 双山さんの顔が若干赤い。これはなんぞ。


「まぁ、いいや。男にはわからないこともたくさんあるんだろう。じゃ、撮るぞ?」

「うん……。お願い」


 カメラを構える。俺たち二人と、花壇が写るように角度を調整。

 合図をして、シャッターを切る。俺は普段通りで、双山さんは笑顔を浮かべている。


「宮本君も、少しは笑ったら? 無表情は怖いよ?」

「俺が笑っても誰も得しないだろ?」

「……私が得するよ」

「そうかぁ? 男の笑顔なんかに価値はないと思うが?」

「……男の子の笑顔が、いつだって魅力的なわけじゃないよ。ただ、宮本君は、笑っててほしいなって」

「ふぅん……? じゃあ、もう一回な。何か面白いこと言ってくれないか?」

「それ、一般的には女の子が男の子に期待することじゃないかな?」

「そうかー。男女って難しいな。えっと……隣の言えに囲いができたんだって、へぇ、かっこいー」

「……イラッ」

「待て、苛立ちを口に出すな! わき腹をつねるな! 軽い冗談だって!」

「まさに冗談だけど、流石にねぇ……」

「これは、あれだぞ。まずは面白さの敷居を下げるための前振りだ。この残念感を出すことで、後は何を言ってもそれなりに面白く感じられるという……」

「ふぅーん」

「……素っ気ない。えっとな、中三の頃の話なんだが、俺の友達の一人が、ある女子に二年間くらい片思いしてたんだ。一年のときからずっと同じクラスで、たまに話すこともあって、いつか好きになってたんだと」

「へぇ……恋って感じだね」

「本当になぁ。それで、そいつ、この公園で夏にあってる花火大会に、その女子を誘ったんだ」

「わ、頑張ったね」

「その女子も、俺の友達のことが気になってはいたみたいで、オーケーしてくれた。それで、実際にこの公園で、花火デートとなったわけだ」

「ふぅん。いいね」

「当日、相手をどうにかこうにかエスコートしながら、花火大会の屋台を回ってたんだ。かなりいい雰囲気だったと思う。お互いにくだらない話で笑いあっててさ。家で飼ってるインコがやたらと指を噛んできて痛いんだ、とかいう話でも、すごく楽しそうだった」

「ふぅん……? ん? んん?」

「ただ、ちょっとしたトラブルが起きたとすれば、二人で一つのかき氷を食べよう、って話になったときだ。友達の方はブルーハワイを希望して、女子の方はストロベリーを希望した。それがきっかけで、なんでか急に口論になって……。何やってんだかなぁ、って感じ」

「……うんん?」

「最終的には、なんだかんだ仲直りして、二人でかき氷を分け合ってるところで、花火が打ちあがり始めた。そこで、友達が言う。『綺麗だ……』って。女子の方も、『そうだね』って言って。友達が決め台詞を言うわけだ。『いや、君が』って。どうだ? このザ、青春の物語。

 と、その様子を、相手にバレないようにつけ回していた俺たち悪友の物語」

「ちょ、途中から妙に具体的過ぎると思ったけど! 見てきた風に言うから、実は自分の話なのかなって思ったら、ストーキングしてたの!?」

「ストーキングではない。ただ、万一でも友達にピンチが訪れたら、颯爽と助けに入るために待機していただけだ」

「それをストーキングっていうんでしょうが……。宮本君、意外とやんちゃな中学時代だったんだね」

「友情に厚いと言ってくれ」

「……それは、難しいかも」

「でも、結論だけ言えば、俺たちが見てて良かったんだぞ? あいつ、途中でスマホを落としやがってさ、俺たちが拾ってなかったら、もう見つからなかったかもしれん」

「ある意味ファインプレーだけど。ファインプレーだけどぉ……」


 双山さんがふぅ、と残念そうに溜め息を吐く。女子的には面白い話ではなかったか。


「ま、なんだかんだあの二人はあの日以来正式に付き合い始めたし、同じ高校に通って輝く青春を謳歌してる。告白の言葉が『俺たち、付き合ってみにゃい?』だったのはちょっと残念だが、それもまた青春の一ページ」

「だ、だから! その友達の、大事な青春の一ページを気安く他人に話すのはどうなのかな!?」

「気安くって、双山さんだから話すんだよ。誰にでもは話さない」

「そうだとしても……もう、いい。写真、撮ろ」

「だな。面白い話じゃなくて悪かったが……大事な人が、幸せそうにしてるのを見るのは、それだけでも楽しいよな。末永く幸せになってほしいものだ」

「ん……。それは、わかる」

「……実は、俺はその女子のことが好きだったんだが、あの日以来、諦めもついた。変な話をしてしまって悪かったが、俺にも色々あったのだ。許してくれ」

「そっか。そうだったんだね。それなら、許すしかないかぁ」


 双山さんが春風のような柔らかな笑みを見せる。

 カシャ。

 シャッターを切り、その瞬間を閉じこめる。


「あーあ、俺の顔が写ってなければ、いい写真だったのになぁ」


 何がおかしいのか、双山さんが笑う。そこもすかさずシャッターだ。


「わ、ちょっと、変な笑い方してるときに撮らないでよ!」

「変な笑いじゃないさ。めっちゃ可愛いじゃん」

「か、可愛いとか……もう! スマホ返して! あっ」

「うわっと!?」


 双山さんが手を伸ばし、無理矢理スマホを奪おうとするので、バランスを崩して二人ともこけてしまった。双山さんだけは守らねばと、俺が下敷きになる。

 ふにゅん。

 その拍子に、何故かピンポイントで双山さんの胸部が俺の左手に当たっていた。

 この感触は、決して初めてではない。しかし……スキルとは無関係の接触は初。いつもとどこか違った感触に感じられた。


「きゃっ、ちょ、ちょっと!」

「す、すまん……」


 双山さんが飛び起きて、俺も解放される。……残念だ。

 双山さんは胸部を腕で隠し、ジト目で俺を睨む。


「……リムに言いつけてやる」

「言いつけなくてもどうせ全部筒抜けだ」

「そうかもしれないけど! でも、わ、私も悪かったね! ごめん!」

「不服そうなごめんだなぁ。いいけどさ。俺も、悪かった。男のくせに、支えてやることもできなかった」

「本当だよ! 私の体が重いって言いたいの!?」

「そんなんじゃないよ。悪かったって。ほら、スマホも返すしさ」

「それは、うん……あ」

「ん? どうした?」


 画面を覗くと、俺たちが地面に転がっている様子が写っている。転んだ拍子にシャッターを押したらしい。


「あー、変な写真撮って悪かったな。消しといてくれ」

「……消さない」

「え? 何で?」

「何ででも。もう写真はいいや。次行こ、次!」


 双山さんが歩き出し、俺はそれについて行く。

 最後の写真を取っておくことにどういう意味があるのかは不明だが……少なくとも、双山さんの機嫌は悪くなさそうだ。


「わたし、負けないから……」


 ぼそりと呟いた声がかすかに聞こえてきたが、どういう気持ちなのかはわからなかった。

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