第24話 散歩

 ゲームは盛り上がったのだが、やはり、茨園さんはリムと双山さんに対しては遠慮しているのが見受けられた。

 遊びに誘われて乗ってきたのだから、仲良くしたいという気持ちはあるのだと思う。が、それでも、染み着いてしまった女子に対する恐怖心は拭いきれないらしい。

 そんな茨園さんの様子を見て、リムが提案。


「武、ちょっと美美華と二人でお散歩してきなよ」

「え? 二人で?」


 リムは、俺が他の女子と二人きりになることを良く思わない。可愛らしい嫉妬だし、俺にはリム以外に親しくなりたい女子はいないから、リム以外の女子と二人きりになることはしないようにしていた。

 それなのに、どういう心境の変化だろう。


「美美華も、武と二人の方が落ち着くんでしょ?」

「や、でも……た、平良さんたちの、邪魔は、したくないし……」

「いいからいいから。あたしだって、武の世界を狭めるようなことはしたくないっていう気持ちもあるの。

 ……あたしは、まだまだ自分が子供だってことはわかってる。感情のコントロールなんてそんな簡単じゃないし。こいつはちょっと……って思われてることがあるのも知ってる。

 こういう子供っぽいとこ、直したい気持ちもあるんだよ。だから、あたしのためにも、美美華が協力してくれない? あたしに我慢を覚えさせるっていうかさ?」

「……わかった。リムが、そう……言う、なら……」


 迷いを見せながらも、茨園さんが頷く。そして、リムがこう言うのであれば、俺も茨園さんとの散歩を断る理由はない。


「じゃあ、俺、ちょっと行ってくるよ」

「ん。行ってらっしゃい。あたしはしばらくまどかと一緒に遊んどく」

「ああ、わかった。じゃあ、茨園さん、行こうか」

「うん」


 促すと、茨園さんは素直に俺についてくる。心なしか足早だったで、リムたちから離れたかったのかもしれない、と思った。

 マンションを出たところで、茨園さんが大きく深呼吸。


「はぁー……平良さんには、全部お見通しなんだな」

「お見通しって?」

「わたしがずっと、息苦しく思ってたこと」

「……そうか。でも、それは別にリムたちが嫌ってわけじゃないだろ?」

「うん。全然そんなことはない。むしろ、わたしは平良さんとも双山さんとも仲良くなりたいと思ってる。それなのに……どうして、わたしの体は、二人を拒絶しようとするんだろう」


 茨園さんが、悔しそうに唇を噛む。トラウマというやつなんだろうか。考えていることと、体の反応が乖離している。どうにかして助けてやりたいとは思うが……果たして、俺にできることなどあるのだろか?


「……っていうか、宮本君、平良さんを残して家を空けてるけど、大丈夫? わたしは一般的なことをあまり知らないけど、他人を残して家を開けるって、普通はしないんじゃない? 家族の貴重品が盗まれる心配とか……」

「ああ、うん。リム以外の人だったらこんなことしないよ。でも、リムのことは信じてるから」

「……すごい信頼だな。もう、恋人っていうより家族じゃないか」

「感覚的には近いかもな。なんでだろう? リムに対しては、余計な疑いを持つ必要がないって思っちゃうんだ。すごい力を持っているんだから、つまらない悪事なんてするわけないっていうか……」

「……わからないでもないよ。平良さんは、どこか超越した感じがある。スキルで色々なものを見てきたからか、一般人とは見ているものが違う」

「そうそう。それに、シンプルにさ、リムってお金を稼ごうと思ったらいくらでも稼げるんだよ。それなのに、わざわざちょっとした貴重品を盗むなんてせこい真似はしないだろ?」

「なるほど……それもそうか」

「まだ出会って二週間程度なのに、こんなに信頼できる相手が見つかって、俺は本当に幸せだと思うよ」

「……うん。そうだね。羨ましいよ」

「まぁ、本人が言う通り、完璧な人間ではないだろうけどさ。でも、そんなのは誰だって一緒だろ? 完璧じゃないし、これから先も完璧になんてならないだろうけど……色んな人と関わって、少しずつ変わっていくんじゃないのかな」

「うん……そうだね。そうやって見守ってくれる人が近くにいる平良さんも、とても幸せなんだろうね」

「そ、そうかな……」


 気恥ずかしさをやり過ごしつつ、当てもなく二人で並んで歩く。どこに行けばいいだろうか。


「茨園さん、どこか行きたいところある?」

「……わからない。一般的には、女子高生ってどういうところに行きたがるんだろう?」

「俺は、一般的な女子高生の気持ちじゃなくて、茨園さんの気持ちを訊きたかったんだけどな」

「あ……うん。そう、だよね」

「なんだよ。俺に対しても緊張してるの? 突飛なこと言ったら相手に嫌われるかもー、とか? 俺のことなんてまだ全然知らないだろうけど、そんなことでいちいち相手を嫌うほど、小さい人間ではないと思ってるよ」

「……だよね。わかるよ、それくらい。平良さんが信頼を置く相手が、そんな小さな人であるはずがない」


 不意に風が吹いて、茨園さんの髪をさわさわと揺らす。

 時刻としては午後六時過ぎ。日は沈みかけていて、オレンジの光が茨園さんを一層神々しく輝かせる。揺れる髪が瞬いて、思わず見とれてしまった。


「……なんだ。宮本君も、そんな顔をするんだね」


 茨園さんが苦笑い。


「そんな顔って?」

「……あなたに見とれてる、って顔」

「そりゃ、するだろ。それだけの魅力が茨園さんにはある」

「でも、宮本君は平良さんを好きなんでしょ?」

「ああ、そうだよ。俺がリムを何よりも好きだってことと、茨園さんに見とれるってことは、矛盾しない」

「それ、平良さんの前でも言える?」

「ああ、言えるさ。リムだってわかってるよ。俺は、リムが世界で一番美しい女の子だから好きになったわけじゃない。俺はただ、リムのことを好きになっただけだ」


 あ、そういえば、まだリム本人には好きだって言ったことはないんだよな。リムが止めるから仕方なくだけれど、どういう心境なのだろうか。いずれはわかるかな。


「そっかぁ……。そんな風に言えるのも、信頼の証だよね」

「かもな」

「……羨ましいよ。

 まぁ、変な話だけど、宮本君の反応が気になったのは、宮本君もわたしを好きになったりするのかな、って心配になったから」

「心配に……?」

「うん……。わたしは、綺麗なのかもしれない。自分でもそう思う。けど、そのせいで、本当にわたしを見てくれる人はいないようにも思う。表面的な美しさに囚われて、わたしは中身も全部美しい存在なんだって勘違いしてくる。……それは、正直息苦しい。

 わたしだって、全然ダメなところはたくさんある。冒険者として活躍できても、特別に学校の成績がいいわけでもない、料理が上手なわけでもない、他人とすぐに仲良くなれるわけでもない。

 この世界にダンジョンがなくなってしまったら、わたしは、ただの冴えないポンコツ美少女になる。

 ダンジョンが嫌いで、全部消し去ってしまいたいのに、わたしはダンジョンに生かされているという矛盾。それにうんざりすることもある。

 ……宮本君が、平良さんを大好きで良かった。おかげで、宮本君は、ちゃんとわたしを見てくれるのかな、って思える」

「余計な心配はしなくていいよ。俺、たぶんリムが大好きなのはずっと変わらない。茨園さんは、単に茨園さんとして見るよ」

「そっか。……嬉しいような、でも……」


 茨園さんは首を振り、気を取り直して言う。


「あ、そうだ。宮本君のよく行く場所とかないの? そこに連れて行ってよ」

「……俺がよく行くのは、古本屋かな」

「流石にそれは味気ないよ……」


 茨園さんが苦笑いして、俺も自嘲気味に笑う。


「そんなんじゃ、平良さんに呆れられちゃうんじゃないの? 二人が楽しめそうなところ、探しに行こうか。ほら、女の子って、喫茶店とか好きなんでしょ? 近所にないの?」

「……はて?」

「はて? じゃないよ。もう……。わたしも人のことは言えないけどさ」

「あ、確か、近所のショッピングモールに喫茶店が入っていたような……」

「……ごめん。たぶん、それは違うと思う」

「そうか……」


 二人してうんうん悩み、結局いい案は出てこない。


「……その辺ぐるっと一周するか?」

「そうだね。それがいい」


 結局、二人で当てもなく町をさまよい始める。

 こんなのでいいのかは不明だが、今までのやり取りだけでも、俺は茨園さんに親しみを感じ始めている。

 女子としてというより、単純に友達として仲良くなりたいと思った。

 今日以前の茨園さんのイメージからは、考えられない出来事だった。

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