第25話 実は……

 三十分ほど散歩をして、ほとんど日も沈んでしまう。空には僅かに太陽の残光が煌めくのみ。


「そろそろ引き返すか?」

「うん。そうだね。……けど、もう三十分経ったのか。早いなぁ」

「……だな」


 早いなぁ、と思ってもらえたのなら嬉しい話。俺と一緒にいるのが苦痛で、時間が長く感じられたら心苦しい。


「……それにしても、茨園さんって、案外人なつっこい性格? 友達いないって言ってた割に、俺とは特に違和感なく話してるし」

「わたしが人なつっこいんじゃなくて、宮本君が親しみやすいんだよ。なんでも受け入れてくれる感じがして、こっちも気づいたら距離を詰めちゃってる」

「……そんなもんか?」

「そんなもんだよ。それに、わたしだってお兄ちゃんたちとは上手くやってるんだよ? 二人と同じ系統のやり取りだったら、特に問題なくできるさ」

「それを、リムたちにもできればいいんだけどな」

「……それは難しい」

「どうして? リムたちだって、茨園さんの当たり前を普通に受け入れてくれると思うぞ? 特にリムはさ、バイトとはいえ立派に働いてる。社会に出てて、赤の他人とたくさんやり取りする機会があれば、他人への寛容さも自然と磨かれるだろ。茨園さんが苦手な、閉鎖的な環境でどこか歪んだ中学生女子とはわけが違うよ」

「確かに……。中学生みたいに、異質を全て排除するような真似はしないか……」

「そうそう。だから安心して、俺と一緒にいるときみたいに振る舞えばいい。それだけだよ」

「……努力する」

「努力しないでいいから、力を抜きなよ。それだけ」

「……うん」

「自信なさげだなぁ……」


 リムたちに慣れるにはもう少し時間がかかるだろうか。焦る必要はないし、ゆっくり進んでいけばいい。

 そんなことを思いつつ、家に無事に帰還。すると、まずはリムが俺に抱きついてきた。


「お、おい……?」

「おかえり。浮気なんてしてないでしょうね?」

「してないよ。そもそも、茨園さんが俺にそういう興味を持つわけないって」

「……あんたは自分の価値を理解してないだけ」

「そうかなぁ……?」

「ふん。言っとくけどね、自分が全然たいしたことないって思いこんでるのは、あんたを大切に思っている人の気持ちを踏みにじることなんだからね。あんたは、あんたを大切に思う人のこと、『なんでこんなものを大切にするのかわからない、バカじゃないの?』って見下すわけ?」

「……いや、それはない」

「なら、もうちょっと自分の価値を見直しなさい」

「……わかった」

「ん。で、美美華とは仲良くなれたの?」

「ああ、ある程度は」

「美美華の悩みも聞いた?」

「悩みって? 人間関係が苦手だとか、そういうやつ?」

「……違う。なら、まだ聞いてないのか。それに、武のスキルも教えてないのね? この短時間じゃ、そこまで親しくはなれないか……」

「それは教えてない……。何か関係あるのか?」

「関係ある。……ねぇ、美美華。武に悩みのこと、言ってもいい? 武ならなんとかできるけど」

「え、えっと? そ、それは、な、何のこと……? っていうか、ど、どれの、こと?」


 リムと話していると、途端に茨園さんが挙動不審になる。まだ緊張が解けないんだなぁ……。


「……悩みが多すぎて見当がつかないか。それもそうだ。ごめんね、変なこと言って。えっとね……」


 リムが俺から離れる。そして、茨園さんの耳に口を寄せ、何かを囁く。

 すると、茨園さんの顔が急に赤くなる。


「な! そ、そんな、ことまで……っ」

「あたしに隠し事はできないって言ったでしょ? 悪いんだけど、全部わかっちゃうの」

「で、でも……そ、それを、なんとか、できる、って……?」


 茨園さんが俺の方を見る。俺に解決できる悩みなら胸に関することだが……何か悩んでいるのだろうか? 今までそんなそぶりはなかったが……?


「ねぇ、あたしも『鑑定士』のこと言っちゃったし、武のスキルもバラしていい?」

「ん……。リムが必要だと思うなら構わないよ」

「あんがと。美美華。あのね、武のスキルは『おっぱい矯正』って言うの」


 リムの言葉で、数秒間茨園さんの時が止まった。まぁ、無理もないよな……。


「え、ええ? お、おっぱい矯正……? 冗談でも、なんでも、なくて……?」

「ガチだよ。それで、このスキルを使うと、おっぱいの大きさも、形も、乳首の色も、それ以外も自由に変えられる。美美華の場合は……」

「わあああ! ちょ、ちょっと、待って! み、宮本君に、し、知られるの、恥ずかしい!」

「大丈夫だって。武に任せれば、この先一生そのことで悩まなくて済むんだよ? 今だけのちょっとした恥ずかしさくらい、我慢しなって」

「で、でも……」

「大丈夫。武は、女の子が空想世界の完璧な生物じゃないってことくらいわかってる。幻滅するとかないし、笑い物にすることもない。くだらない噂を流すこともない。信じていい」

「うん……」

「しばらく二人きりで過ごしてみてどうだった? 武、いい奴でしょ? どんなこともさらっと受け入れて、笑い飛ばしてくれそうだったでしょ? 一緒にいたいって思えたでしょ?」

「それは……うん……」

「だったら、その秘密も打ち明けて、もう一歩進んでみなよ。武は、そうする価値がある相手だよ」

「うん……」


 茨園さんは、まだ俺に秘密を打ち明けることをためらっている。

 これは、最後の一押しは俺がするべきなのか?


「えっと……茨園さんがどういう秘密を抱えてるかは全く検討がつかない。ただ、俺は茨園さんが重要な秘密を打ち明けてくれるなら、俺はその信頼に応えてみせる。誰にも言わないし、変に茶化すような真似もしない。

 何か苦しんでいることがあって、俺の力で解決できるなら、俺に茨園さんを助けさせてほしい」

「……うん。そっか……。宮本君が、そう言うなら……」


 茨園さんは、観念したように溜息を吐いた後、俺の耳に口を寄せてくる。そして、囁くように告げる。


「実は……乳首に毛が生えるのが、悩みなんだ。なんとかなるかな?」

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