第9話 A未満→B

「どうよ! たった一週間で、A未満からBまで上がったわ! 今まで使ってたブラのサイズが合わなくなっちゃった!」


 どん、と俺に向かって胸を張るリム。サイズが順調に大きくなっているのは喜ばしいことなのだが、胸部を強調して見せられるのは気恥ずかしい。

 俺がリムにスキルを使い始めてから一週間が経っていて、俺とリムは毎朝一緒に高校に通っている。

 待ち合わせ場所は、リムの家の最寄り駅、白二丘駅のホーム。ここで俺は電車の乗り換えが生じるので、待ち合わせにもちょうど良かった。たまにリムが遅れて電車を遅らせることもあるが、それはさておき。

 女の子と待ち合わせなんて青春っぽくていいことなのだけど、公衆の面前でも平気で胸部を強調してくるのはやめてほしいところ。


「こういうところでそういう話するなよ……」

「大丈夫でしょ。誰もあたしたちの会話なんて興味ないって」

「……そうかもしれないけどさ」

「わかればよろしい。ふふふ。でも、まだまだ発展途上なのよね。いっそDじゃなくてEとかFに……」

「……リムが望むならそれもいいと思うけど、そこまでしなくてもとは思うよ」

「ふぅん? 本当にそう思ってるのかな? 実は大きい方がいいと思ってない?」

「リムは俺が嘘ついてるかわかるんだろ? 嘘じゃないって」

「別に四六時中確認してるわけじゃないの。スキルの使いすぎは疲れるからね。でも……ふぅん。本当なんだ。なら、そこまでしなくてもいいか。大きすぎると大変だって言うしね」

「……俺基準でいいんだ?」

「むしろ、武基準以外の何を気にするのよ。フィ、フィアンセなんでしょ?」

「まぁ、うん……だな」


 フィアンセ……。そんな言葉が、俺の人生においてこんなに早く関わってくるとは。

 俺は気恥ずかしいが、リムもそうらしい。明朗闊達な女の子だし、性的なものに対する恥じらいが時折欠けているけれど、乙女な部分もあるようだ。うん、素晴らしいことじゃないか。


「ま、この先好みが変わったら、武の好きなように変えてもいいけどね。……これは武のものよ?」


 うふん? とわざとらしく微笑まれて、俺は潔く顔を赤く染めた。

 俺は女子に不慣れなのだ。この一週間、リムとだいたい一緒にいるし、学校ではカップル一号とからかわれるし、スキルを三回ほど行使しているけれど、まだまだ慣れてなどいないのだ。赤くもなるさ。


「……なんか言いなさいよ。冗談のノリだったのに滑った感じじゃない」

「……恥ずかしくて無理っす」

「あ、そ。意気地なし。女に恥をかかせるのね?」

「ち、違う、そういうつもりはなくて……」

「ふん。どうだか」


 ぷいっとそっぽ向くリムに、焦る俺。

 あわあわしているとリムが笑い出して、俺もおかしくなって笑ってしまう。

 ザ・青春!

 幸せすぎて、何か悪いことが起きやしないかと不安になる。

 いや、これはフリとかじゃいよ? 何にも悪いことなんて起きないよ? ねぇ?

 こんな朝を過ごしつつ、俺たちは学校に到着。

 前席の真鍋藤吾はいい奴で、この一週間で男友達になった。俺がリムと仲良くしていても特に嫉妬もしてこないし、普段も色々と協力しあえるし、ありがたい存在だ。たまに宿題見せてとか言われるが、それくらいは許容範囲。

 また、リムの前の席の富良野由飛ふらのゆうひさんとも、ぼちぼち仲良くしている。席も近いし、何かと四人で過ごすことが多くなった。

 友達もいて、リムのような婚約者がいて、実に充実した高校生活がスタートしている。俺、恵まれすぎてるな。

 自分の幸運を噛みしめつつ、昼休み。

 

「あの……ちょっといいかな?」


 リムたちと四人で昼食を摂っているとき、見知らぬ女子から控えめに声をかけられた。

 胸の大きな女の子だった。

 第一印象がそうなってしまうような、同学年どころか学校中を探しても比類なき大きなお胸の持ち主だ。


「お、おお……?」


 思わず呻き、リムに足を蹴られる。痛い。

 胸のことはさておき、可愛い子だと思った。眼鏡や長めの前髪で地味さを装っているが、端正な顔立ちに優しい瞳が魅力的。右目の下の泣きぼくろがセクシーな印象でもある。ロングの髪はさらさらで、顔の動きにあわせてたおやかに揺らめく。

 胸は大きいが、それ以外の部分は引き締まるところは引き締まり、スタイルも良い。

 こんな知り合いはいないので、俺に話しかけてきた様子なのは気のせいで、別の誰かに用事だろう。

 そう思ったのだが……。リム、藤吾、富良野さんの様子を見ても、知り合いではなさそう。


「……えっと、俺に用事?」

「うん……そう。……少し、話がしたくて」


 あまり人と話すのは得意ではないのか、ぼそぼそと呟くようなしゃべり方だ。


「ここじゃダメなやつ?」

「うん……。あ、でも、二人きりじゃなくていい。リム、さん? も一緒でいいから……」

「ん? あたしの名前も知ってるの? ふぅん? どういう関係の人?」

「えっと……強いて言えば、他人かな」

「……他人って。まぁ、他人だけど。あたしも一緒でいいってことは、別に女として武に用があるわけじゃないのね?」

「それは、違う。別の件」

「なら、よし。聞いてやろうじゃないの。……ちなみに、あんたの名前は?」

「私は、双山まどか」

「双山さん、ね」


 リムが相手のことをじっと見つめる。おそらく、『鑑定』を行使しているのだ。

 それからハッとして、むむ、と唸る。何がわかったのだろうか。


「じゃあ、先に話を済ませちゃおうか。武、行こ」

「あ、おお。わかった」

「ありがとう……。せっかくの昼休みに、ごめん……」

「構わないよ。行こう」


 リムを先頭に、三人で連れ立って教室を出る。どんな用件だろうか?

 俺たちの背後で、取り残される藤吾と富良野さんは二人で会話を続ける。


「富良野さん、部活とか入る?」

「まだ悩んでるところ。真鍋君は?」

「俺も悩み中。実は、冒険者業もちょっと考えててさ」

「ええ? そうなの? 危ないのに……」

「うーん、やってみたいとは思っちゃうんだよ。俺も男だし。でも、ジョブが微妙でさぁ。ただの『槍使い』なんだ。悪くないけど、冒険者してやっていくには厳しいし……」

「そっかぁ。悩むね」


 あの二人は、どうなのだろう? 余計なお世話だけれど、上手く行ってくれたらいいな、なんて思ってしまった。

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