第6話 恥ずかしい

 全ての施術を終えると、平良さんはぐったりと俺にもたれかかってきた。俺も初めてのスキル行使で疲れがあったが、そんなことは後回し。


「た、平良さん!? 大丈夫!?」


 声をかけても、平良さんは荒い息を吐くのみ。

 また、玉のような汗も浮かんでいて、それはそれは大変セクシーな……じゃなくて、辛そう見えた。


「平良さん……体、どこか痛む?」


 返事はない。代わりに、平良さんは首を横に振った。


「そっか……。なら良かった」

「良く、ない……」

「あ、ああ、ごめん、ぜんぜん良くないよね……ごめん」

「……して」

「え? 何?」


 平良さんの声が小さすぎて聞き取れない。平良さんはしばしためらい、数秒後にようやく明確に言葉を紡ぐ。


「結婚して、って言ったの! こんな恥ずかしいところ見られたら、もう宮本君のお嫁に行くしかないじゃない!」

「えええ!? 結婚して!? そ、そんな、急に!?」

「宮本君、ずっとあたしの恥ずかしいところ見てたでしょ!? しかも至近距離で! あたしがぐちゃぐちゃに乱れるのを見て、興奮してたじゃん!」


 平良さんが、俺の隠しようもない興奮の証をお尻でグリグリと刺激する。あ……やばい、これ以上は……っ。


「や、やめて! それ以上は取り返しのつかないことに!」

「取り返しのつかないことになっちゃえばいいじゃん! あたしのをさんざん見たくせに!」

「それは……あくまで、スキルの行使だから……っ」

「嘘だ! 絶対嘘だ! ただおっぱいを大きくするだけでこんなに気持ちいいわけない!」

「き、気持ちいいとか、明確に言葉にするなよ! なんとなく避けてたのに! うっ」


 平良さんのグリグリが止まらない。漲るパワーがドンドン下半身に集まって、吐き出されてしまいそうだ。


「や、やめっ」

「ほらほら、楽になっちゃえば? 男の子はこういうのがいいんでしょ? 言っておくけど、『鑑定』持ちのあたしに嘘なんて通用しないから! 口では止めてなんて言ってても、本当は止めてほしくないのくらいお見通し!」

「や、そ、お見通し、なら、俺が本当に、ただ、スキルを使っただけだって、わ、わかる、だろ!?」

「うるさいうるさいうるさいうるさい! なんか嫌なの! スキルの力で気持ち良くなっちゃいましたとか、つまらないじゃん! 男の子との初めてが、そんな無機質な思い出になるなんて残念過ぎる!」

「わ、わかった! 俺は、スキルじゃなくて、俺の意思で、平良さんへの愛しさとかが溢れちゃって、必要以上にあれしちゃったんだ!」

「そうよ! だから責任とって! あたしと結婚して!」

「そ、それは飛躍しすぎ……あ」


 何が起きたか、全ては語るまい。まぁ、そういうことである。

 さておき。


「……うう、下半身が気持ち悪い……」

「そ、それはあたしだって同じだし……宮本のせいだし……」


 二人でトイレに行き、諸々の処理をしてきてから、俺たちは戻ってきた。

 替えの下着なんてもちろん持ってないので、俺は処理した後に同じ下着を着用している。詳細は不明だが、それは平良さんも同じらしい。……おっと、想像したらまた……。落ち着け、俺。


「なんていうか……ごめん。俺、自分のスキルのこと、全然わかってなくて、平良さんに恥ずかしい思いを……」

「……あたしはスキルで恥ずかしい思いをしたわけじゃないもん。宮本が暴走しただけだもん」

「そ、そうだね……」


 そういうことにしておこう。うん。


「……それはそうと、まだ大きくはならないのね。本当に効果あるのかな?」


 対面に座る平良さんが自分の胸部をぺたぺたと触る。確かにスキルは使ったが、まだ目立った変化は見えていない。


「スキルの説明には書いてあったけど、望みのサイズに変化するには長くて一ヶ月くらいかかるんだってね。急激な変化は体に悪そうだし、いいことじゃない? それに、最低でも週に一回はスキルを使って刺激しないといけない」

「……『鑑定』でわかってはいたけど、何度もあれをやるのか……。うう……またあんな恥ずかしい姿を見られちゃう……」


 嘆いているのか、意外とそうでもないのか、声のトーンからははっきりとはわからなかった。あえて尋ねはしないけれど。


「ねぇ、次はカラオケじゃなくて宮本の家でやろう。親の帰りが遅いから、八時くらいまでは誰もいないんでしょ? だったらいいよね? 婚約者君?」

「……ああ、わかった。いや、いいけど、それってむしろ平良さんの方がためらうところじゃ……」

「……別にいいし。どうせ、宮本にはあたしを無理矢理押し倒すとかいう強引さも度胸もないんだから」

「それは……そうだけどさ」


 相手の同意なく、そんな酷い真似はできない。それは確かなことだ。


「……ばーか」

「え? なんでバカって言われたし」

「なんもわかってねー」

「わ、わからないよ。ちゃんと言葉にしてくれないと」

「もういいよ。婚約者って言っても、口約束みたいなもんだし。でも、あたしは本気だからね。ちゃんと責任取ってよね?」

「うん……」


 よく考えると、これがどういう責任の取り方なのかはよくわからない。でも、平良さんが言うのなら、とにかく責任を取ろう。

 俺としても、平良さんのことは決して嫌いではない。まだまだ全然知らない子だけれど、雰囲気は好ましいし、俺を受け入れてくれているだけでも特別な存在だ。

 高校生になり、女の子と仲良くなる……そんな身の程知らずの願望も満たしてくれるというのだから、拒絶する理由は何もない。


「そういうことだから、あたし、これからあんたのことは武って呼ぶわ」

「ああ、うん。いいよ。なら、俺は……リム、って呼べばいいのかな?」


 名前を呼んだ途端、リムがなにやら唇をムニムニと蠢かせる。『鑑定』スキルがなくても、照れてむずがゆくなっているのがわかる。


「そ、それでいい。婚約者だもんね。まぁ、今は友達なのか、彼氏彼女なのかは、わからないけど」

「うん……。まぁ、なんでもいいよ。俺、リムと一緒にいられれば、たぶん、それだけですごく幸せだから」

「ちょっと! そんな恥ずかしいこと、平然と言わないでよ!」

「お、思っちゃったんだから仕方ないだろ!?」

「あんたはもー! もういい! これから宜しく!」

「うん。宜しく」


 作法として合ってるかわからないが、俺は右手を差し出す。リムは一瞬きょとんとして、それから右手を差し出してくる。手のひらが重なり、俺たちは固い握手を交わした。


「武、これ、なんの握手?」

「うーん、わかんない」

「変なの。ま、いいけど。っていうか、武の手……やっぱり、ちょっと変」

「え? 何が?」

「手を握ってるだけで、何か温かいものを感じるの。さっきもそうだった……。たぶん、ジョブに付随する隠れ効果ね。あたしのレベルの『鑑定』じゃ詳細は不明だけど、間違いないと思う」

「隠れ効果……。俺のジョブにそんなのがあったんだな」


 ジョブやスキルには、ステータスを見たときにはわからない、隠れ効果がある。

 先ほど、リムが大変なことになったのもその一つ。ただ胸を大きく矯正するだけじゃなく、快感ももたらした。

 そして、『おっぱい矯正士』のジョブを持つ俺の手は、何もしていなくても他人の肌を温めるような効果があるらしい。それが本質的にどういう効果なのかは不明だけれど、悪い効果ではないだろう。


「なんか、ずっと手を握っていたい気分だわ」

「……それは、どうぞご自由に」

「……この位置じゃ握りづらい。隣、いい?」

「どうぞ、ご自由に」


 リムが隣に腰掛ける。ううん……甘い香りが漂ってきて、とても心地よい。

 女の子って、本当にいい匂いがするな。これ、なんなんだろう? シャンプーか何かなのかな?


「……男臭いやつ」

「……男なので」

「まぁ、いいや。別に不快じゃないし」


 リムが俺の首筋をクンクンと嗅ぐ。今日が初対面なのに、随分と距離が近い。


「……恥ずかしい」

「これくらいで文句言わないで」

「了解……」

「……しばらく、ただ手を繋いでていい?」

「ああ、いいよ」

「ありがと」


 リムが俺の肩に頭を乗せてくる。

 ただ手を繋いでいるだけじゃなかったのか?

 そんな指摘はもちろんしないで、甘い香りの中、夢見心地で過ごすのだった。

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