第46話 遊園地

 遊園地と言えば観覧車とかメリーゴーランド。

 と思っているのは俺の方だけであって。


「よっしゃ、ジェットコースター全種類制覇していこう!」


 遊園地の『スピードスターワールド』に到着するなり、リムは意気揚々と宣言した。


「そ、っかー……。リムはジェットコースター好きなんだな」

「うん。大好きだよ。そして、武がジェットコースター苦手なのも知ってるよ」

「知った上で俺をジェトコースターに誘うのか!?」

「男なら女の趣味に付き合えよー」

「……まぁ、ある程度は覚悟してたけどもさ」

「大丈夫大丈夫。武がジェットコースターでダウンしたら、あたしが責任持って介抱してあげるからさ。エッチなサービス付きで」

「ダウンしてるときにそういうサービスを楽しむ余裕はないよ……」

「まぁ、いざとなったらダンジョン産の回復薬があるから。気分が悪いくらいこれですぐ治るよ」


 リムがポーチから小瓶を一つ取り出す。中には青い液体が入っている。


「へぇ、本物? 使ったことないんだよなぁ……。っていうか、高いんじゃないの?」

「一個三千円」

「地味に高い……」

「十個買ってきたから、ジェットコースター十回はいける」

「ジェットコースターのために全部使い切るのか!? なんて贅沢な!?」

「節約したかったら武が早くジェットコースターに慣れることだね。そんで余ったら……あっちのときに使おう」

「あ、あっちのとき……?」

「知らないの? これ、裏では精力回復薬とも呼ばれてるんだよ? 一本飲めば三発はいけるって」

「そういうことをリムの口から言うのはどうかと思うけども!?」

「人間は誰だって気持ちいいことが好きなんだし、性的な話を恥じらっても仕方ないじゃん?」

「それはそうかもしれないけど……」

「あたしが奥手だったら、武はいつまで経っても性欲発散する機会に恵まれなかったんだよ? あんたにとっては良い話じゃん」

「そうだなぁ……」

「さ、とにかくジェットコースター! 今日は二人きりの初デートなんだから、遠慮なくイチャイチャするよ!」

「あれ? 俺たちって一応二人の間では恋人ではないっていう設定じゃ……?」

「細かいことは後! 武はたくさん生命の危機を感じて、性欲高ぶらせること!」

「ジェットコースタにそんな効果を求める人は聞いたことないよ!?」


 ともあれ。

 俺はリムに引っ張られ、遊園地内のジェットコースターを巡ることに。

 まずは手始めに小規模で子供向けのものから乗ったのだが、次第にレベルを上げて行き、高度差の激しいもの、上下が目まぐるしく入れ替わるものなど、ハードなものにも乗っていく。また、ジェットコースターとは別のフリーフォールだったり空中ブランコだったり、絶叫系と呼ばれるものを全て制覇していった。

 俺は何度も何度も気分が悪くなったが、回復薬のおかげで大事には至らなかった。どれだけ壮絶な吐き気に襲われようとも、回復薬を飲めばたちどころに体調が万全に戻るのだから、ダンジョン産のアイテムは非常に有用だ。

 まぁ、ツレが苦しんでいるのを見てもジェットコースター巡りを止めようとしないリムの強引さには、多少思うことはあった。しかし、俺のことを全く気にしていないのではなく、そのスキルで『本当にダメ』なのか、まだ『ギリ大丈夫』なのかを確認はしてくれていたようである。

 俺はリムの希望を叶えたいという気持ちも強かったので、回復薬もあるのだからと、どうにかこうにか我慢した。

 そして、地獄巡りのような午前中を過ごして、午後一時過ぎ。

 俺とリムは、園内にあるレストランで昼食を摂ることに。


「いやー、楽しかったわ! 武、付き合ってくれてありがとね! おかげでいつもの三倍くらい楽しかったわ!」

「そうか……。それは良かった。リムが楽しければ、俺はそれで幸せだよ」


 俺の昼食はカレーで、リムはハヤシライス。リムはあまり辛いのが得意ではないらしい。……ちょっとだけ悪いことを考えてしまうが、それは却下だ。


「ん? いいよ? やったげよっか?」

「……ナチュラルに心を読むなよー。そのスキル、常時発動なの?」

「ううん。違う。っていうか、今のも、何を考えたかまではわからないけど、何か考えたなってのがわかっただけ。これはジョブの副作用で、普段もちょっと観察眼が鋭くなるの」

「そうか……。って、俺が何を考えてるかわからないのに、承諾したのか?」

「うん。何かおかしい?」

「おかしいんじゃないか……? 俺が変なこと考えてたら……」

「武がそんなことするわけないじゃん。せいぜい、このカレーを食べさせて悶えさせたい、くらいのもんでしょ?」

「……その通り」

「今日は散々いじめちゃったし、やったげるよ? なんならもっと辛くする? 一味とか盛り盛りでさ?」


 リムが一味唐辛子を手に取る。辛いのが苦手だというのに、いったい何を考えているのだか……


「そ、そこまでしなくていいよ……」

「そ。ならいいけど。じゃあ、そのカレー一口ちょうだい?」

「お、おう」


 リムが口を若干突き出す。こ、これは……いわゆる、あーん、展開だろうか。

 挑発的に微笑むリムは、この展開になんの恥じらいも見せていない。今更この程度で恥じらう方がおかしいというのもあるだろうが……。

 俺はカレーをスプーンでひと掬い。それを、リムの口に近づける。


「……ちなみに、これって辛い?」

「いや、たぶん中辛くらい」

「うぇ、辛い奴じゃん」

「そうか……?」

「あたし、甘口しか無理だもん」

「無理しなくてもいいぞ……?」

「ここで止めるとか、女の覚悟をなんだと思ってるわけ?」

「……そこまで気張ることか?」

「ぐだぐだ言ってないで、ほら、早く」


 リムが親鳥にご飯をねだる雛鳥のように口を開く。うわぁ……なんか妙にいやらしい……。

 若干の興奮を感じつつ、その口にカレーを押し込む。リムが口を閉じて、んむぅ、と眉をひそめる。辛いのがダメというのは本当らしい。

 スプーンを口から引き抜くのがまた妙に官能的で……ほんのりと濡れていることにまた興奮を覚えた。

 リムは顔をしかめながらも必死にカレーを咀嚼。とても辛そう。でも……ちょっとだけ、仕返ししてやれたという達成感。こんなのはちょっと酷いかな?

 

「うへぇ、やっぱり辛い……」


 リムが水を飲む。その必死さがおかしくて笑ってしまった。


「むぅ……。武に笑われた。酷い奴め」

「ごめんごめん、もう食べなくていいからさ」

「ん。カレーはもういい。けど……武には大変な思いをさせちゃったのはわかってるから、あたし、もう少し武のお願いを聞いてもいいよ」

「え、それって……?」

「あたしにしてほしいことない? なんでもとは言わないけど、武のしたいこと、叶えてあげる」

「そ、そういう展開……?」


 リムにしてほしいこと。いや、してほしいことと言うか、したいことと言うか。


「なんかない? 例えば……いつもは手だけど、今日は口で、とか?」

「お、おいっ。急にまたそっちの話にいくなよっ」

「男の子の望みってだいたいそんなもんでしょ?」

「そうだけど! そうなんだけど、それだけじゃなくて……」

「パンツ見せてあげようか?」

「いや、だから、その……」

「あ、もうパンツくらいじゃ満足できないって?」

「そういう話じゃない……」


 リムがクスクス笑っている。俺をからかって遊んでいるようだ。もちろん、俺がお願いしたら本当に色々と叶えてくれるのだろうが。


「俺は、そうだな……」


 これはリムの望みではないのかもしれないが。

 俺は、性的な欲望を満たすようなものじゃなくて……単純に、リムとキスをしてみたいと思う。


「……そっか。武は慎ましいなぁ。うーん……迷うけど、今日は武のお願いきいちゃうモードだからなぁ……」


 俺の口にしていない願いを、リムは読みとったらしい。しばしうんうんと悩んだ後に。


「……定番は、やっぱり観覧車の一番上で、かな?」

「いいのか?」

「だって、武はしたいんでしょ?」

「それは、もちろん」

「言っておくけど、あたしだってしたいんだよ。我慢してるだけ」

「あ……そう、なのか」

「一度しちゃうと際限がなくなりそうだし、独占欲強くなりそうだしで怖いって話。でも、まぁいっか。今日だけ特別。あたしのワガママに付き合わせちゃってるからね」

「いい、のか?」

「……今日だけだって、自分に言い聞かせることにする。気持ちの高ぶりは、どうにかして押さえ込むよ」

「……なんか、変な感じだな」

「しょうがないでしょ。武が特殊なスキルを持ってるんだからさ。あたしだけを見て、なんて言えないじゃん?

 あたしくらいワガママな女だと、自分の独占欲と折り合いをつけるのは簡単じゃないんだよ」

「……リムが望むなら、俺はもう……」

「ダーメ。あたしだけを見るなんてしなくていい。武はその才能を生かさないといけないの。武が救えるたくさんの人を、あたしのせいで不幸なままになんてできない」

「そっか……」

「武は、あたしのことばっかり考えなくていいからね? 武には武の人生があって、人生をかけてやるべきことがある。あたしはそれを尊重できる人になりたい。それがパートナーってもんでしょ?」

「うん……。そうだね、きっと」


 リムは、俺よりもずっとたくさん考え、悩んで、今の状況に至っているのだろう。

 ならば、俺もリムの覚悟に応えたい。


「……俺、自分のスキルは、この先もできる限り活用していくよ」

「うん。武はそれでいいんだよ。ただ……」

「ただ?」

「……武の周りって、どうしても女の子が集まりすぎるんだよね。あたしも、いつまで武はあたしのもの、みたいに言ってられるか……。早く諦めて共有財産的に考えた方が上手くいくのかなぁ……?」

「それ、なんの話?」

「なーんでもない。さ、ご飯を食べたら、ジェットコースター巡りをもう一周ね!」

「……マジで?」

「あっはっは! 冗談だよ! ジェットコースターはもう勘弁してあげる! 後半戦はもうちょっとゆったりいこっ。お化け屋敷とか鏡の迷路とかあったじゃん? 童心にかえってはしゃごうぜ!」

「……うん。そうしよう」


 地獄巡りにはならず、ほっと一安心。

 午後も目一杯遊んで、それから……ずっとしたかったことを、リムとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る