第45話 デート
日曜日。俺とリムの初デートである。
「デートか……。デートって何すればいいんだろうな」
自室にて、鏡の前で自分の姿を確認しつつ、ぼやいてみる。
好きな女の子とデートなんて夢のような話。最近はだいたいいつも一緒にいるから若干特別感は欠けるものの、やはり特別なことなのである。
今日は二人きりで遊園地に行く予定。何をしたいかと言えば、ひとまずキスをしたいとは思う。お互いに好き同士なのは間違いないわけだし、いくつか階段を飛び越してあれこれしてしまってもいる。もう、キスくらいしても良いのではなかろうか。
「……それを決めるのはリム、ってわけでもないんだよな」
俺からキスをしたっていい。いつもいつもリムのペースでやっていく必要はない。
まぁ、無理矢理ってのは話が別だけれど、少しくらいワガママになってもいいだろう。
「リム、キスしないか? ……こんな誘い方でいいのか? 女子的に幻滅しないか?」
リムのことだから、俺が多少何かをやらかしたところで鷹揚にケラケラ笑ってくれるに違いない。だが、その寛容さに甘えてしまうのも違う気がする。
「……とにかく、そろそろ行くか」
待ち合わせは、九時半に白二丘駅。
家を出て、徒歩と電車で十五分ほど。
駅に到着すると、既にリムはホームのベンチで座っていた。俺を待っている女の子……いいな。うん。
近づいていくと、リムが顔を上げる。
「や、おはよう、武。昨日はあんまり眠れなかったみたいだね。寝不足って出てるよ?」
「そ、そんなことはないけどなぁ。ちゃんと三時間は寝たぞ?」
「ショートスリーパーか。一般的に、それを寝不足って言うんだよ。ちなみにあたしは四時間だよ」
「リムもなかなかだなぁ……」
リムも……デートを楽しみにして、そわそわして、眠れなかったってことか?
「昨日、帰ってからまどかと電話でおしゃべりしててさぁ、気づいたらめっちゃ遅くなってた」
「あ、そう」
そういう話か。まぁ、リムが緊張で眠れないなんてありえないか。
「……まどかには悪いことしちゃったなぁ。明日デートだと思うと緊張して眠れんから話し相手になってー、とか泣きついてくるやつとか、アホくせー、って絶対呆れてたよ」
「え? あ、そういう話?」
「ニシシ。だいたいいつも一緒にいるのに、なんでだろうね? 初デートだと思うとなんか緊張してんの。デートだって、いつも通りのことしかできないのにねぇ」
「……だな。ってか、不意打ち……」
くっ。絶望から希望への上昇が激しすぎて、心臓がもたない。リム、可愛すぎるな。知ってたよ。
「ん? あたしが可愛すぎるって? やだなぁ、そんなのいつものことじゃんか」
「ポジティブ過ぎるぅ。リムって結構ナルシストだな」
「あたしは自分が好きなだけだよ」
「それをナルシストと言うのでは?」
「武があたしを想ってくれるから、あたしはあたしのことを好きでいられるんだよ。これってナルシスト?」
「……わからん。ってか、リム、そろそろリムの可愛いカウンターが容量オーバーで崩壊しそう」
「お、いいね。それ崩壊したら何くれんの?」
「……たぶん、キスとか」
「……フツー」
「え、ちょっと残念そうな顔してない? そんなことされても喜ばないやつ?」
「いや、普通に嬉しいけども?」
「嬉しいのかよ。ツンデレかと思ったらデレデレかよ」
「いつものことじゃん。何を今更」
「っていうかさー……」
好きだって言っても良い? と続けたかったのだが、そこでは何故かリムが止めに入る。
「あ、それは止めて」
「……なんで? 言葉にしないことに何か意味あるの?」
「あるよー」
「どんな?」
「んー、これはあたしの感覚の問題だけどさー……恋人になっちゃったら、できなくなることとか、見えなくなることも、あると思うんだよねぇ。だから、今はまだ、ギリギリ友達の領域に踏み留まっておきたいというか」
「……よくわからないな。今日のもデートって呼んでるし、関係性は恋人になると思うけど」
「ごめんね。まぁ、あたしの小さなこだわりかな。あと、あたしは、もっと今の武を知りたいんだよ」
「なんでもわかるんだろ?」
「わかるよ。でもね、あたしが見てきた武と、今の武は、もう違う人になってる。過去の情報からじゃわからないことがたくさんあるんだよ。
これからどんな人になるのか、どんなことを考えていくのか。あたしは一歩引いたところで、武を見ていたい」
「……そうか」
「……なんか、ちょっと不満そうだからもう少し付け加えると」
「うん」
「……あたし、今、結構自分でも引くほど感情が高ぶるときがあって……。武が恋人だってなると、自分が何しでかすかよくわからなくて怖いんだよね。
たとえば、武を本当に独り占めしたくなってしまうかもしれない。本格的に、誰も近づけたくなくなっちゃうかもしれない。
せっかく、まどかとも、美美華とも、崩玉さんとも仲良くなれたのに、あたしが暴走して関係全部ぶっこわしちゃったら嫌だもん。
まどかたちの希望も叶えたい気持ちも……ああ、これはいいや。とにかく……あたしが落ち着くまで、もう少し、待って」
「……なんだよ。結局デレデレかよ」
「何か不満でも?」
「下手するとこの場で踊り出しそうだから、不満っぽく吐き出してみた」
「ふん。踊り出せばいいのに。ま、とにかく、そういうことだから、あたしたちはただの婚約者よ。それ以上でも、それ以下でもないわ」
「……知ってるか? それ以上でも、それ以下でもないものなんてこの世に存在しないんだぞ?」
「ん? んん? あれ? あ、そっか。確かに矛盾してんね」
リムも案外、初歩的なミスをすることもあるらしい。こういう一面も可愛いな。あ、さっきから可愛いしか思ってないわ。
電車がやってきて、二人でそれに乗り込む。まだ人はまばらで、二人並んで座り、控えめな声でおしゃべりを続ける。
リムとのおしゃべりは、本当に楽しい。好きだという気持ちが溢れて止まらなくなる。
キス、したいな。それ以上だって、したいな。
けど、今はリムの気持ちを尊重しておくべきなんだろう。リムの心の整理ができたら、そのときにもう一歩踏みだそう。出会ってまだ二週間。何も焦る必要はない。
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